おにぎり
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2枚の紙切れを大事そうに両手で持って、海軍中佐は街へと続く通りを急ぐ。とある家の前に辿り着くと、彼は帽子を丁寧に被り直した。コホンとひとつ、小さく咳払いしてから扉をノックすると、扉はゆっくりと開いて、中から優しそうな奥さんが顔を出す。 2枚の紙切れを奥さんに渡して、彼はなにやら話していたが、やがて、家の奥から小さな女の子が嬉しそうに叫ぶ声を聞くと、満足そうに敬礼して帰っていった。 いつの間にか、その家の周りには、好奇心からかたくさんの人たちが集まってきていた。 「へぇ。彼もとうとう賞金首になったのかい」 口髭を生やした中年のおじさんがそう言うと、 「こっちの賞金額も上がってるぜ」 と、覗き込んだ青年が口を出す。 この家の小さなリビングは、あっという間に人で埋まってしまった。 人だかりの真ん中にあるのは、先程中佐が持ってきた2枚の紙切れ・・・海軍の手配書であった。手配書には、かつてこの街を救った2人の海賊の姿があった。 “モンキー・D・ルフィ”・・・そして、“ロロノア・ゾロ”。 「すごいね!お兄ちゃんたちっ」 テーブルの淵に手をかけて、手配書を覗きこみながらそう言ったのは、先程の小さな女の子だった。 「リカちゃんはどっちが好み?おばちゃんはこっちかしらぁ・・・」 小太りなおばさんが、手配書を指差しながらうふふと笑うのを尻目に、リカと呼ばれたその女の子は、両方の手に1枚ずつ、手配書を持つと、高く掲げて言う。 「ママ、これ、私のお部屋に貼ってもいい?」 そして女の子は、嬉しそうににっこりと笑った。 * びゅん、びゅん、と、風を切る音が聞こえる。 「・・・にまんきゅうせんさんびゃくよんじゅうご・・・にまんきゅうせんさんびゃくよんじゅうろく・・・」 いつものように、甲板で筋トレをする午後。素振りの音と、数を数える自分の声だけが、やけに響いている。 「・・・にまんきゅうせんきゅうひゃくきゅうじゅうはち・・・にまんきゅうせんきゅうひゃくきゅうじゅうきゅう・・・」 ちょうど30000を数えたとき、誰かが笑ったような気がして、ゾロはふと、素振りをする手を止めて空を見上げた。 真っ青な空に、少しいびつな丸い雲が2つ、ぽっかりと浮かんでいる。 ゾロは、この冒険の、“はじまりの日”を思い出した。 素振りが終わると、ゾロは、真っ先にキッチンへと向かった。 流れ落ちる汗をタオルで拭きながら、バンっと勢い良く扉を開けると、ゾロは中にいたコックに、「おい・・・」と小さく声をかける。 皿を拭いていた手を止めて、「・・・あぁ?」と面倒くさそうに振り返ったサンジに、 「おにぎり、作ってくれ」 ゾロは、それだけ言った。 その表情があまりにも真剣だったからか、サンジはあっけに取られたまま、思わず「あ、あぁ・・・」と小さく頷いてしまう。 その返事を聞くと、ゾロは扉をパタンと閉めて出ていった。 なんだかぼうっとしたまま、言われるままにお米を研ぎ、ご飯を炊いてボールに移し、調味料の並んだ棚に手を伸ばしたところで、サンジはふと気づいた。 「ちょっと待て」 棚に片手を伸ばし、視線はご飯を見つめたまま、サンジは考える。 「なんで俺が、あのクソ野郎のためにおにぎりを握らなきゃなんねぇんだ」 さっきはなぜだか流れに乗るまま返事をしてしまったが、野郎に料理を作れと言われて言われるままに作る義理はない。しかし、炊いてしまったご飯を無駄にするのはポリシーに反する。 しばらく考えた後、 「食えりゃいいんだろ・・・」 そう呟いて、サンジは、伸ばしかけていた手を、隣の調味料に移した。 キッチンの扉を開けると、甲板の淵に凭れて眠る男の姿が目に入った。 サンジの眉が、ぴくりと動く。 「あの野郎・・・」 低く呟くと、サンジは階段をゆっくりと降りていく。こんなときでも、右手に持った皿の上の料理に気を配ってしまうのは、コックの悲しい性だ。 右手を肩の高さに保ったまま、大口を開けていびきを掻いているその額を思いっきり左足でど突くと、ゾロはようやく目を覚ました。 「オラ、食え」 眠そうに目をこすっているゾロの前に差し出した皿には、どう見ても握ったとは思えない、ただご飯を丸めただけのおにぎりが2つ、並んでいる。 「だいたい、何で俺が・・・」 そう言おうとしたサンジは、「サンキュ」とおにぎりをひとつ手に取ったゾロの態度に、思わず言葉を失った。 素直にお礼なんか言われたら、少しだけ、ほんの少しだけ、良心が痛む。 じっとおにぎりを見つめて様子を伺っているサンジの態度を知ってか知らずか、ゾロは、いびつなおにぎりに大口で齧りつく。この男には珍しく、もぐもぐとしばらく味わって、ごくりと飲みこんだ後、ゾロは小さく呟いた。 「・・・懐かしい味だ」 「あぁ?」 怪訝な顔をして、サンジは首を傾げる。 「・・・味覚音痴か?」 おにぎりを繁々と眺めながら訊ねるサンジに、 「そうでもねぇよ」 と一言呟いて、ゾロはまた、おにぎりに大きく齧りついた。 台所には、丁寧に三角に握られた、船員全員分のおにぎりの他に、蓋を開けたままの砂糖の入れ物が置きっぱなしになっている。 おにぎりを頬張りながら、ゾロは、空を見上げる。 ぽっかりと浮かんだ2つの雲はもう遠くて、きっとあの街まで行くんだろう、そんな気がした。 ![]() イラスト 茲原しろうさん
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