新緑
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ある、穏やかな風の吹く午後のことだった。 桜の花も散り、みずみずしい新緑の季節が訪れようとしている。 平和だ・・・。 その、平和を乱すような出来事が、今ここ、遠山邸で起ころうとしていた・・・。そう、彼の出現により。 その男は、チャイムも鳴らさずに突然遠山邸の玄関の扉を開けた。・・・これは、いつものことである。 そして、周囲の迷惑も考えずに叫ぶ。 「おい!和葉おるかぁ?」 ・・・これも、いつものことである。 呼ばれて、ポニーテイルの少女が二階の階段を降りてくる。 「もぉ、平次!いっつも言ってるやろ。ちゃんとチャイム鳴らして入って来ぃや。それから、叫ぶのもやめてな。近所に聞こえてこっちが恥ずかしいわ」 そして、平和は突然に乱された。 「和葉、俺・・・」 「ん?なんやの」 「俺、お前のことが好きかもしれへん」 「・・・え。・・・えぇっ!?」 そう、それは、平次の突然の告白から始まった。 午後八時。毛利邸の電話が鳴り響く。夕食の片づけをしていた蘭は、濡れている手をエプロンで拭うと、慌てて電話を取った。 「はい、毛利・・・」 『蘭ちゃん!?』 蘭が電話を取るやいなや、何かすごいものを見てしまったような叫び声が、受話器の向こう側から聞こえてきた。 「か、和葉ちゃん?」 『蘭ちゃんちょっと聞いてぇな。実は・・・』 その頃、工藤邸でも同じような出来事が起こっていた。自分の名前も言わず、『おぉ、工藤か?』の一言から間髪入れずにしゃべっている関西弁の男・・・。 「マジかよ。いやに唐突だな・・・」 やがて、新一はやっとそれだけ言うことが出来た。 『なんや急に思たんや。俺ってもしかして、あいつのこと好きなんやないかなって・・・。ほんで考え始めたらな、思い当たることがいっぱいあるな思て。これはやっぱり本人に伝えとかなあかんなと』 「そんなに簡単に言えるもんかよ・・・」 パトカーで大阪見物してみたり、学校帰りに飛行機で東京来てみたり・・・、こいつだから成せる技だな・・・。 新一は今までの平次の行動を思い出して、思わず苦笑いする。 「で?和葉ちゃんの気持ちは訊いたのかよ」 『アホぉ。そんなもん怖くてそう簡単に訊けるもんやないやろ』 ・・・お前、言ってることとやってることめちゃくちゃだよ。 『とにかくなぁ、俺は決めたんや。ぜったい和葉を俺のもんにしたるってな。せやから工藤も応援してや。・・・あ、そや、明日和葉連れてそっち行くから、何かええとこ案内してや。ほな』 言うやいなや電話が切れる。いつものことだ・・・。 ちょっとは俺の話も聞け・・・。 新一は、受話器から聞こえてくる無神経な音を聞きながら思う。 和葉ちゃんは、もうとっくにお前のものになってるっていうのに・・・。 「良かったじゃない。和葉ちゃんの片想いが実ったんだよ」 毛利邸では蘭のうれしそうな声がこだましている。 『うん・・・。そやけど私、びっくりしてしもて。ホンマなんかなぁって疑ったりして・・・。で、まだ私、平次に気持ち伝えてへんのや』 「服部くんはそんなことで和葉ちゃんに嘘つく人じゃないでしょ。ちょうどいいじゃない。明日、服部くんとこっちに来るんだし、その時に気持ち伝えれば」 『・・・うん。そやけど・・・』 蘭のうれしそうな声とは裏腹に、和葉の声はなぜかかぼそい・・・。 「どうしたの?何か心配なことでもあるの?」 『え?・・・あ、ううん、何でもないんや。ほな、明日な』 午後十時。新一と蘭をつなぐ二人だけの携帯電話が鳴り響く。 「あ、もしもし新一?あのね、今日、和葉ちゃんから電話があって・・・」 『あぁ、それならうちにも服部から・・・』 「ホント?で、服部くん、何て言ってたの?」 蘭の声は、非常にうれしそうである・・・。 ったく。女ってのは何でこんなに人の恋の話に敏感なんだか・・・。 新一は少し呆れる。しかし新一だって、あの二人に関しては多少なりとも興味を持っていないはずはない。 『ああ、なんか、和葉ちゃんを自分のものにするみたいなこと言ってはりきってたけど・・・。ったく、鈍感といおうか自分勝手といおうか・・・』 受話器の向こう側から聞こえてくる声に、蘭は思わず笑みがこぼれる。 新一ったら。興味ないようなふりしてるけど、あの二人のことすごく心配してるんだ・・・。 『で、明日二人でこっち来るから、いいところ案内しろって、それで考えたんだけど・・・』 「トロピカルランドなんてどう?」 『やっぱ、デートスポットって言ったらそこだよな』 この二言で、明日の行く先は決まった。二人とも、実は世話好きだったりする・・・。 「だけど、ジェットコースターには乗らないからね・・・」 次の日。この日も、良い天気で、まさに絶好のデート日和であった。朝早く、平次、和葉の二人が東京に到着し、四人はそのままトロピカルランドへと向かった。 そしてその日、新一と蘭の二人は、平次のあまりの豹変ぶりに度肝を抜かれることとなる・・・。 「和葉ぁ、次あれ乗りに行こか?」 「う、うん・・・」 平次が、和葉の手を取る。かなりうれしそうだ・・・。和葉は戸惑っているようだ。当たり前・・・。 そして後ろでは、もっと戸惑いながらも、微笑ましく関西カップルを見守る二人。 「服部、分かりやすい奴・・・」 「ホント。でも、服部くんらしいといえばそうかも・・・」 「和葉ちゃんも大変だよなぁ」 「和葉ちゃんが自分の気持ち、ちゃんと服部くんに伝えたら、また変わってくるかもしれないわね。ねぇ、私達で、そのシチュエーション作ってあげようよ」 「あぁ。・・・それくらいはしないと、俺たちあんまりいる意味無いよな・・・」 こちらも楽しそうである。 しかし、最悪の事態というものは、思いがけないときに起こるものなのである・・・。 相変わらずの平次の豹変ぶりは続き、そのまま昼時になった。四人が揃って昼食を取っていたときのことだ。 「和葉、何か飲み物買って来たるわ」 きっかけは、平次のその言葉だった。昼食を食べていた和葉の手が止まる。 「何がええ?」 和葉は俯いたまま答えない。新一と蘭の手も止まる。平次は、思わず和葉の顔をのぞき込んだ。 「ん?何や?オレンジジュースか?ソーダ?それともアイスティーとか?」 それでも和葉は答えない。 「どうしたの?和葉ちゃん・・・」 「わ、私・・・」 蘭が口を挟もうとしたとき、ふいに和葉が口を開いた。そして突然立ち上がる。 「私・・・、こんなん嫌や!」 「あ、和葉・・・」 肩を掴もうとして立ち上がった平次の手を振りきって、和葉は人混みの中へと消えていってしまった。後に残ったのは、呆然と立ちつくす一人と、おろおろするばかりの二人・・・。 「新一、私、和葉ちゃん探してくるから」 やがて、蘭が小さな声で囁く。 「ちょっと待て。じゃあ、俺にあそこで落ち込んでる男をどうにかしろと・・・?」 新一の指さす先には、がっくりと肩を落とした男が一人。 「当たり前でしょ。じゃあ、よろしくね!」 「あ、おい蘭!」 こうして最愛の恋人が行ってしまい、こちらも呆然としている男が一人・・・。 おい・・・。俺にどうしろって言うんだよ・・・。 とりあえず新一は、おそるおそる平次の背後から彼の肩をたたいてみる。 「お、おい。服部・・・?」 「俺・・・、完全に和葉に嫌われてしもた・・・」 平次が俯いたまま呟く。 「え、あ、いや、多分・・・、そんなんじゃないと思うけど・・・」 とは言ってみたものの、新一もいまいち事態が飲み込めていない。 「そんな慰めてくれんでもええわ・・・」 「いや、慰めとかじゃなくて・・・。だって、和葉ちゃんはずっと前から・・・」 そこまで言いかけて新一は口をつぐんだ。 だめだ。これは和葉ちゃん本人が服部に言う言葉だろ・・・。 「そうやな・・・。ずっと前から、俺のことなんか幼なじみとしか見てなかったんやもんな。嫌われるの当たり前や」 そして、完全に勘違いしている男がここに一人。 「いや、そうじゃなくて・・・」 どうしたらいいか分からず言葉に詰まる男も一人。 おい、誰かどうにかしてくれ・・・。 その頃、蘭は一人ベンチに座っている和葉を発見した。 「和葉ちゃん・・・?」 蘭に気付いた和葉は、一瞬こわばったような表情を浮かべたが、すぐにまた俯いてしまった。 「ごめんな蘭ちゃん。なんや、こんなことになってしもて・・・」 蘭が、和葉の隣りに座る。 「ううん、そんなこと・・・。それより、服部くん落ち込んでたよ。やっぱり、急に服部くんの態度が変わったから、それで戸惑って・・・?」 すると、和葉は首を横に振った。 「そうやないねん。ただ、ただな・・・」 和葉は言葉に詰まっているようだ。蘭は、和葉の両肩に手を当てて和葉を自分の方に向かせると、和葉の瞳を見つめて優しく囁いた。 「とにかく、服部くんに自分の正直な気持ち伝えないと、何も始まらないよ」 「そやけど私、平次にあんなこと言うてしもたし、もう、平次私のこと・・・」 そう言ってまた俯きかけた和葉の肩を、蘭がぐっと押す。 「和葉ちゃん、そんなことないよ。とにかく、服部くんの所に戻ろ?」 言いながらも、蘭はもどかしさでいっぱいだった。 二人とも、想いは同じはずなのに、気持ちってなかなか伝わらない・・・。 二人は、元いた場所へと歩き出した。 「と、とにかくさ、和葉ちゃんに、ちゃんと気持ちを訊いてみようぜ」 一方、まだあたふたしているのはこちらの男二人・・・。 バーロー・・・。なんで俺はこんな事・・・。 「な?ここで落ち込んでても何にもならないだろ?」 落ち込む男と慰める男・・・。実は平次よりも辺りの人目が気になったりしている新一。 「・・・分かったわ。とりあえず、和葉探してみるけど・・・」 既に地面に埋まりそうなほど落ち込んでいる平次。 しかしここで間違いを犯していることに気付かず、和葉を探すためにその場を離れてしまった男二人・・・。 蘭に促され元いた所に戻ってきた和葉だが、そこには既に平次と新一の姿はなかった。 「あれ?いない。新一まで・・・」 どうやら蘭と新一の二人も、意志の疎通がきちんと成されていなかったようである・・・。 「平次・・・、もう帰ってしもたんかな・・・」 「そんなことないって。きっと服部くんも、和葉ちゃんのこと探してるんだよ」 その時、蘭の瞳に、二階建てのレストランが映った。二階のベランダのテラスでも、大勢の人々が食事をしている。 「ねぇ、あのベランダに行ったら、全部見渡せるんじゃない?」 「え・・・、そやけど・・・」 「つべこべ行ってる暇無いじゃない?早く服部くん探さないと」 蘭は結構強引である。和葉の手を取るとレストランへと引っ張っていき、食事をするために並んでいる家族をかき分け、店員の「並んでお待ちください」の言葉も聞かず、一目散に二階のベランダへと向かった。 「二人ともどこまで行っちまったんだろうな」 散々探しても蘭と和葉は見つからず、新一が思わずそう呟いたとき、ふいに平次が立ち止まった。 「ん?どうした?」 新一は、平次の視線の先をのぞき見る。すると・・・。 「あ・・・、いた」 レストランの二階のベランダから、辺りを見回している蘭と和葉を発見した。 「服部、ほら、和葉ちゃんとこ行くぞ」 そう言って、新一は平次の背中を押すが、平次は動かない。 「おい、服部・・・」 「俺、あかんわ。和葉との距離、こんなに離れてしもたんや・・・。和葉との、心の距離・・・」 「何言ってんだよ。お前このままでいいのか?このまま、離れたままでいいのかよ。和葉ちゃんが、どうしてあそこにいるのか・・・。それは服部、お前のこと探すためなんじゃないのか?」 平次は、ベランダを見上げた。 和葉が、俺のこと・・・?俺はどうしたらええんや。俺は・・・。 「ほら、服部・・・」 そう言って新一がもう一度背中を押そうとしたとき、平次が突然叫んだ。 「和葉ぁっ!!」 周囲にいた人々が思わず振り返る。 「は、服部ぃ・・・?」 やはり人目を気にする新一。 平次の叫び声に、ベランダにいた和葉が振り返る。 「へ、平次・・・」 和葉が振り返ったところで、平次は人目も気にせず言った。 「和葉、昨日ゆっくり考えてみたんや。ほんで思った。やっぱり俺は、和葉が好きやって、気ぃ付いた。せやから、和葉に喜んでもらお思て、張りきって、せやけど空回りしてしもて・・・。そのことは謝る。せやけどなぁ、俺、こんなん嫌やねん。このまま、こんな風に離れてるの、嫌や」 辺りが、急に静かになったような気がした。和葉は俯いたまま何も言わない。平次は、和葉の言葉を待っている。 「和葉・・・」 「平次は・・・」 和葉が顔を上げた。 「平次は・・・、ずるいと思う」 予想もしていなかった言葉に、新一も蘭も、そして秘かに二人を見守る周囲の人々も耳を疑った。平次は黙って和葉を見つめて、ごくりとつばを飲み込む。 「『好きかもしれへん』なんて急に言い出して、私の気持ちも考えずに引っ張り回して、自分勝手で、・・・私に自分の気持ちばっかり押しつけて、平次はずるい!・・・だって、だって私はなぁ・・・」 周囲の人々が和葉を見つめるじーっと言う音が、今にも聞こえてきそうである。和葉は、思いっきり息を吸い込むと叫んだ。 「私は、平次なんかよりずっとずっと前から、平次のことが好きやってんからなぁ!」 ついに言ったか・・・、と、周囲の「おおっ」という溜め息が聞こえる。 「ほ・・・、ホンマに?」 驚いているのはおそらく平次一人である。 そうだよ。普通気付くだろ・・・。 新一は思わずつっこみたい衝動に駆られたが、何とか踏みとどまった。 「そうやこの鈍感!それやのにあんた一人で盛り上がってるから、私嫌やってんからな!・・・ホンマは私、ずっとあんたに、私の気持ちに気付いて欲しかってんから!」 ここから先は、二人は漫才コンビと化した。 「そ、・・・そんなん言ってくれへんと分からへんやんかぁ!」 「せやから鈍感やって言うとるんや。工藤くんだって蘭ちゃんだって、私の気持ち分かってたのに!」 新一と蘭は思わず大きく頷く。 そう、気付いてなかったのはお前だけだ服部! 「あぁ、どうせ俺は鈍感やねん。お前の気持ちなんか、考えたことも無かってんからなぁ」 「それで結構!あんたなんかどうせただの幼なじみやもん」 「せやけどなぁ・・・」 平次が言葉を濁す。 「せやけど、気ぃ付いてしもたんやからしゃあないやんか!お前のこと・・・、世界中でいちばん好きやって、気ぃ付いてしもたんやから!」 「平次・・・」 しばらくの沈黙・・・。それから突然、和葉は走り出した。レストランの階段を駆け降りる。平次も走り出した。一直線に、レストランの入り口へと向かう。和葉がレストランの扉をくぐったところで、二人は出会った。 和葉が、平次にしがみついて言う。 「平次のアホぉ・・・」 今、二人には、周囲の歓声も聞こえない・・・。新一と蘭は、思わず顔を見合わせて笑った。 蘭は、ゆっくりと、レストランの階段を降り始めた。 それから・・・。 「なんや人がせっかく買うてきたのに。何が気に入らんねん!」 「せやから、一緒に買いに行こて言うてたやん!なんで一人で勝手に買うてくんの!」 「急に思いたったんやからしゃあないやん!」 「もぉ、人の気も知らんとぉ。平次のアホ!」 テーブルの上には、綺麗にラッピングされた箱と、『新一くん、蘭さん、ご結婚おめでとう』の文字の書かれたメッセージカード。 あれから幾度かの春が終わり、また、新緑の季節が訪れようとしている。 平和だ・・・。 しかし、平次と和葉・・・この『平和カップル』に、平和は訪れそうにない・・・。 よろしければ感想をひとこと残していってくださいね。 古い作品でも大歓迎です。 |
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