誰も知らない夜明け
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人気のない電車の窓から、哀は一人、外の景色を眺めていた。・・・正確には、窓の縁に頬杖をついて外を見てはいたが、哀の瞳に、景色は映っていなかった。 太陽の光が、窓から射し込んでいる。 ふいに、辺りが真っ暗になった。トンネルに入ったのだ・・・と、哀は思った。 その時、窓に、見たことのある影が映った。影はそのまま、哀の向かいの席に座る。 「あら、久しぶりじゃない」 こんな所で会うなんて・・・という驚きとは裏腹に、哀は平常を装って静かに呟いた。が、影の主は、少し戸惑ったような顔で答えた。 「え・・・あ、嬢ちゃん、どっかで会うたことあったか・・・?」 「え?」 哀は少し考える。そしてふっと笑った。 「そうね。あなたは知らないかもしれないわ。あのときあなたは、私の素顔を見ないまま帰ってしまったから・・・」 今度は向かい側にいる彼が考える。 「あなたの変装も結構いけてたわよ。・・・西の名探偵さん」 それを聞いて、影の主・・・平次は思わず大きく相づちを打った。 「あぁ!!あんた、あんときちっさい工藤に変装しとった嬢ちゃんかぁ。そう言うたら、その目ぇに見覚えある気ぃすんで」 電車の中の静寂・・・車内には、二人の他に人影は見あたらなかった・・・、神聖な雰囲気には似つかわしくない関西弁の大声がこだまする。哀は思わず溜め息をついたが、平次はそれには気付かなかった。 すっかり満足したように、平次は大きな伸びをした。そのまま、窓の外に目をやる。二人はしばらく黙ったままだった。 「何も聞かないのね。私がどうしてこんなとこにいるのか・・・」 先に口を開いたのは哀だった。すると平次は、何もかも見透かしたように言う。 「聞いて欲しかったか?まあ、聞いたとしても、『ただなんとなく』とか言われるのがオチやろな思て」 哀は微笑した。 「まあそうね。ホント言うと、いつからここにいたのかも分からないわ。いつのまにか、ここにいた・・・」 そして、ふと平次から視線を逸らす。 「現実から、逃げ出したかったのかもしれない・・・」 唇の先から思わず本音が出て、哀は口をつぐんだ。 「工藤のことか・・・?」 ふいに平次にそう訊かれ、哀は驚いて平次を見つめた。「どうして・・・」そう呟くのが精一杯だった。 「初めて会うたときからな、なんとなく、思たんや。あんた、工藤のこと・・・」 「バカなこと言わないで」 平次の言葉を遮るように、哀は呟く。思わず、不敵な笑みがこぼれる。 「ただ、いつ私を狙いに来るか分からない組織に怯えているだけ・・・」 そこまで言って、哀は首を振った。 「違う・・・」 哀はまた首を振る。自分を否定するかのように。 平次は黙ったままだった。 「違うの。・・・本当は怖いのよ。私の作った薬で、いろんな人が犠牲になってるわ。そして、工藤くんも・・・。彼を助けたい。でも、彼は組織の人間に狙われるわ。私にはどうすることもできない。それに、彼が元の体に戻ったら、私の事なんてもう・・・。私、どうしたらいいのか分からないのよ!」 胸の中に溜まっていたものが爆発する。哀は思わず叫んだ。電車の中の静寂が打ち破られる。自分の声が、自分の中でこだまする。荒い息を吐く。なぜだか、涙がこぼれ落ちてくる。 「どうかしてるわ。あなたにこんな事言うなんて・・・」 そう言って哀は、無理に笑顔を作ろうとするが、涙が流れ落ちるばかりだった。思わず俯く。握りしめたこぶしに、いくつもの雫がこぼれ落ちていく。 やがて、今まで黙って哀の言うことを聞いていた平次が口を開いた。 「俺は、明日のこととか、これから先のこととか、あんまり考えずに生きとる。今日に命賭けてるからな」 平次の急な発言に、哀は思わず顔を上げて平次を見つめた。 「せやから、思い立ったら即行動してまうんや。こいつに会いたいって思た瞬間、こいつ守らなあかんて、思た瞬間からな。よく後からいろんな人に怒られるわ。・・・せやけどな、それも結構楽しいもんやで」 そう言って、平次は笑った。 「あんたも、もっと気楽にやったらええんとちゃう?先のことばっか考えて煮詰まってるよりはな」 ただ、それだけだった。平次は、それ以上何も言わなかった。ただ、まっすぐに哀を見つめる。 哀は頬に流れていた涙を拭った。精一杯強がってみる。 「あなたにお説教されるためにこの電車に乗ったんじゃないわ」 「そりゃそうやな」 そう言ってまた、平次は笑った。そう、ただ、それだけだった。けれど・・・。 哀が呟く。 「でも、・・・少しは楽になったかもしれない」 なぜかしら。何か特別なことを言われたわけでもないのに・・・。 「そうか、ほんなら、俺の説教もちょっとは役にたったっちゅうことやな」 平次が笑う。哀の中で、哀を押さえつけていたものが消えていく。 ・・・そうだ。この笑顔だ。 哀は思った。 私、この笑顔にだまされてるのかしら・・・。 そう考えて、哀は思わず吹き出した。 「なんや急に」 「変ね、的を得てるのか得てないのか、分からないようなお説教だったのに」 哀の楽しそうに笑う顔を、平次は不思議そうに見つめている。さっきまでの涙は、どこへ行ったのか・・・。 ふと哀は、窓の外を見つめる。そしてあることに気付いた。 「・・・ヤケに長いトンネルね・・・」 窓の外は、平次に会ったときから、暗いままだった。 「何言うてんのや。よう見てみぃ」 平次に言われて、哀は目を凝らしてみた。 「・・・星?」 平次は頷いた。電車の外には、たくさんの星々が煌めいている。 「そうや。さっきまでは見えへんかったんなら、心が軽くなった証拠やで」 電車の前には、光り輝く道が、どこまでも続いている。 「まるで銀河鉄道ね」 「ああ、この電車は、夜空ん中を走ってる。そして、この電車の行く先には・・・」 星がひとつ、流れて消えていった。 「新しい夜明けが待ってるんや」 平次がうれしそうに笑う。 やっぱり、この笑顔だ・・・。 なんだか、心のもやが晴れているような気がする。 「どうしてこの電車であなたに出会ったのか、分かったような気がするわ・・・」 ふいに、哀が呟く。 「多分、似たもの同士だったから・・・」 そう・・・。あの日、私達は、それぞれにだけど、同じ事をしようとしてた。そこに至る経過はどうであれ、私達は、大切な人を守ろうとしてた・・・。 だからだわきっと。彼の笑顔は、こんなにも私の心に響いてくる・・・。 「だけど、あなたにはもっと、守るべき人がいるんじゃないかしら?」 きょとんとしている平次に、哀が言う。 「は?何が?」 「べつに。ただ、西の名探偵さん?あなたも、人の心は読めても、自分のことになるとさっぱりなのね」 哀がくすっと笑う。 なんや?俺も前誰かに、そんなことを言うたような気がする・・・。 相変わらずきょとんとしている平次をしり目に、哀は窓の外を見る。窓ガラスに映る自分の顔は、なんだか楽しげに見える。哀は、その顔に問いかけた。 ねえ、知ってる?これから、誰も知らない夜明けを探しに行くのよ・・・。 また、星がひとつ流れた。 電車は、どこまでもどこまでも進んでいく。新しい、夜明けを目指して・・・。 「でもやっぱり、あの変装でばれないと思うのはおかしいんじゃないかしら」 「何言うてんねん。あんたに負けず劣らず完璧な変装やったやんか」 誰も知らない夜明けを探しにいこうと 夜の真ん中 車走らせて 明日のことなんて少しも頭になくて 今日を最後の日のように走り抜けてた 今夜の月は 僕らを 白くあやしく照らして引き込むように どんな場所にも誰よりも早く 辿り着けそうな予感 真冬の奇跡 いつかの君へ 一人で 抱え込まないで 思い出して 僕らは君のためなら 時間も距離も飛び越えかけつけるから rumania montevideo「誰も知らない夜明け」(rumania montevideo「Girl,girl,boy,girl,boy」GIZA,INC.) よろしければ感想をひとこと残していってくださいね。 古い作品でも大歓迎です。 |
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