もえないゴミの日








もえないゴミの日 かえでさん


 今日は、もえないゴミの日。

「大変、遅れちゃう!どうして目覚まし鳴らないのよ!!」
 せっかく休講で暇な木曜日だというのに、母の大声とバタバタと走る音に起こされてしまった。
 仕方ないのでリビングへの階段を降りる。と、出掛けようとしていた母が玄関から大声で叫ぶ。
「ちょうどよかった。ゴミ出しといて!」
「えーっ。私がぁ?」
「裏口に置いてあるから。よろしくね!」
 言うやいなや、母は玄関の戸をバタリと閉めて出て行ってしまった。
 後に残ったのは、嵐が去ったかのような静けさと、まだ半分頭が眠った私・・・。
 何事もなく平和に終わるはずだった私の慌しい一日が、こうして始まった。

 裏口に置いてあったゴミ袋3袋を抱えて、左右の違うサンダルを履くと、私はさっさとゴミ置き場に向かった。
「ゴミ置き場って結構遠いんだから・・・」
 普段ゴミを出しに行っている母のことはそっちのけで、私は呟いた。本当は歩いて2分もかからない道のりなんだけど・・・。私はゴミ袋をゴミ置き場にあった他のゴミ袋の上にポイッと投げ出すと、さっさと元来た道を歩きだした。
 と、そのとき。
「今日はもえないゴミの日よ」
 誰かに言われて、私は立ち止まった。
 お母さんが裏口に置いてあるって言うから全部持って来たのに。違うのぉ?
 面倒なことになってしまったと思いながらも、私は仕方なく振り返った。
「すいませーん・・・。持って帰ります・・・」
 と、振り返った先には、誰もいなかった。
「あれ・・・?」
 気のせい?確かに聞こえたと思ったんだけどなぁ。ま、いいか。
 私は頭をひねりながらも歩きだした。
「もえないゴミの日だって言ってるでしょ?」
 やっぱり。確かに聞こえた。
「誰よ」
 私は振り返る。しかしやっぱり誰もいない。
「どこ見てるのよ。ここよここ」
 言われて私は、声がした(ような気がする)方を注意深く振り返ってみた。
 そこは紛れもなくゴミ置き場だった。ゴミ置き場がしゃべってる・・・?
 しかしよく見るとそうではなかった。ゴミ袋の上に、誰か座っている。着せ替え人形くらいの、手のひらに乗りそうな小さな小さな人が。
 彼女は足を組んでその上に頬杖をついて、機嫌が悪そうに言った。
「この袋、生ゴミじゃないの」
 私は、小さな人に出逢った驚きよりも、彼女の言い方がなんだか気に入らなくてぼそりと言った。
「・・・あんただって生ゴミのクセに」
「なんですって!」
 彼女は突然立ち上がると、その拍子に危うくゴミ袋から滑り落ちそうになって慌ててゴミ袋にしがみついた。
「だってこんなところに座ってるんだもん。ここゴミ置き場よ」
 すると彼女は、「わかってないなぁ」と言った風に溜め息をついた。
「私はね、どんなに寂れた場所にでも懸命に咲く一輪の花のようになりたいのよ」
 そう言うと私に向かって、なんだか偉そうに笑ってみせる(このとき私は少しだけ、彼女を見たことがあるような気がした)。
 私はもうどうでもよくなって、生ゴミの入ったゴミ袋をぶっきらぼうに引っ張ると、捨てゼリフを吐いた。
「これ、持っていけばいいんでしょ?じゃあね」
 私はさっさと歩きだした。
 それにしてもあの顔、どうもどこかで見たような気がするんだけど・・・。
「さ、行きましょうか」
「はい?」
 いつの間にか、考え事をしてボーっとしていた私の頭の上に、彼女が乗っていた。
「・・・なんで?」
「あら。せっかく出逢ったんだもの。コーヒーくらい振舞ってくれたっていいじゃない?」
 その馬鹿げた持論はどこから出てくるのか。
「一輪の花はどうしたのよ」
 彼女はその問いには答えず、鼻歌を歌いながら私の頭の上で踊っていた。

 家に帰るとすぐ、彼女は「お風呂借りるわね」と言ってさっさと浴室へ行ってしまった。
 私は溜め息をつきながらコーヒーを入れる。そのときふと、私の頭の中をよぎるものがあった。
 もしかしたら・・・。
 私は2階へあがると、机の引き出しにしまってあった小さな箱を開ける。そこに、着せ替え人形用の小さなコーヒーカップが入っている。私はそれを取り出すと、1階へ降りてその小さなコーヒーカップに注意深くコーヒーを注ぐ。「コーヒー入れたよ」と浴室の方へ行くと、彼女は洗面台にいっぱい水を溜めて泳いでいた。

 テーブルの上に、彼女はちょこんと座ると、小さなコーヒーカップでコーヒーを一口飲んだ。
「悪くないわね」
 そう言うと彼女は、コーヒーカップを置いた。しばらくの沈黙。そしてそのあと、彼女は突然語り始めた。
「私がどうしてここへ来たかわかる?」
 私は意味がわからず、首をかしげた。
「コーヒーを飲みに来たんじゃないの?」
「違うわ」
 彼女はそう言うと、コーヒーをもう一口飲んだ。
「言わばふくしゅうよ」
「・・・復習?」
「そう、復讐」
「どういうこと?」
 すると彼女は、突然演劇口調になって言った。
「あれは忘れもしない、7年前の冬のことだったわ・・・」
 私はそれで、ピンときた。
「やっぱりあなた、マナちゃんでしょ!」
「もぉっ!確かに私はマナちゃんだけど、人がせっかく物語のヒロインになりかけてるのに、話の腰を折っちゃダメ!」
「これは失礼・・・」
 マナちゃんが怒るので、私は仕方なくマナちゃんの話を聞くことにした(でもここは怒るところじゃなくて、感動の再会をするところだと思うんだけどなぁ・・・)。
 ちなみにマナちゃんというのは、私が小学5年生のときに手芸クラブで初めて作ったフェルトのマスコットのことである。なにしろ初めてだったので、顔はなんだか高飛車な女の子のようになってしまったのだが、小学生の私にしてみれば上手く作れたことが嬉しくて、それ以来ずっと大切にしてきたのだ。着せ替え人形用のコーヒーカップまで買ってきて、食卓に座らせてみたりして。よくある話ながら、いつの間にかマナちゃんは失踪してしまったのだけれど・・・。
「話を続けるわね。そう、7年前の冬のことよ。私、いつもみたいにちゃんとテーブルに座ってたわ。そしたらあなたのママがね、掃除を始めたのよね。あの人、テーブルを片付けるからって、私をちょっと電話の上に乗せたのよ。それが悲劇の始まりだったわ・・・」
 マナちゃんは頬に手を当てると、ふうっと溜め息をつく。
「私、電話の上になんか座りなれてないのよ。わかるでしょ。つるつるすべるのよ電話の上って。どこかにつかまる間もなく、私落っこちちゃったの。そしたらそこが何だったと思う?」
「・・・ゴミ箱の中(きっともえないゴミ用)」
「そう!」
 マナちゃんは私を指さすと、大声で言った。
「あなたのママね、あの人、私が入ってるの知らずにゴミを出しちゃったのよ。忘れもしない、もえないゴミの日の出来事だったわ・・・」
 マナちゃんはしんみりとそう言うと、また溜め息をついた。
「それから私、気づいたら、もえないゴミの日にしか出現出来なくなってたのよ。しかも決まってあの場所。私って悲劇のヒロインって感じじゃない?」
 悲劇じゃなくて喜劇でしょ?
 私がそう言う前に、マナちゃんは言った。
「だから私は決めたのよ。絶対にあの人に復讐してやるって」
 ・・・あぁ。復習じゃなくて復讐ね。
「でもあいにく、今お母さんは仕事で留守よ」
「そんなことわかってるわ」
 マナちゃんは、コーヒーをすすった。
「悪くないわね」
 さっきも言ったような気がするセリフを、マナちゃんはもう一度呟く。
「ところで・・・」
 私はずっと思っていたセリフを口にした。
「もうそろそろいいんじゃないかしら?感動の再会」
 するとマナちゃんは、思い出したように言った。
「そうね。そうだわ」
「マナちゃんがゴミ箱行きになってたなんて知らなかったけど、せっかく7年ぶりに会えたんだもの。ねぇ」
 私はマナちゃんの顔を覗き込んだ。
「それでは改めまして・・・」
 マナちゃんはコホンとひとつ咳払いした。
「えーと、この度は、真にお久しゅうございます」
「あ、いえいえ、こちらこそ」
 なんだか思わず、私までかしこまってしまった。
「マナちゃん、やっと会えたね。会いたかったよぉ」
 私がそう言うと、マナちゃんは私の胸にぴょんと飛びついた。
 こうして、私たちはやっとのことで、感動の再会を果たすことができたのだった。
「コーヒーもう1杯くださる?」
「ええ、どうぞ」
 私はマナちゃんの小さなカップにコーヒーを注ぐ。
「悪くないわ」
 マナちゃんはそう呟きながら、おいしそうにコーヒーをすすっていた。

「それじゃ、私はこの辺でおいとまするわ」
 夕方になって、マナちゃんはそう言った。
「もう行っちゃうの?ずっといればいいのに」
「あいにくだけど私、もえないゴミの日が終わると次のもえないゴミの日までトリップしちゃうのよ」
「そしてまたゴミ置き場にいるの?」
「そうよ。なんたって私、一輪の花なんだもの」
 マナちゃんは珍しくにっこりと可愛く笑った。
「復讐はもういいの?」
 私は、多分全てをわかっていたけれど、一応訊いてみた。
「もう!あなたったら何にもわかってないのね」
 予想通り、マナちゃんは機嫌が悪そうに言った。
「私、あなたとコーヒーを飲むために来たんですからね!」
 マナちゃんは、私に向かって偉そうに笑ってみせた(偉そうに言うところじゃないでしょ)。
 そしてマナちゃんは、リビングの窓をよいしょと開ける(本当は私が手を貸してたことはマナちゃんには内緒にしておこう)。
「送っていこうか?」
「おかまいなく」
 私は最後に、マナちゃんに訊いてみた。
「ねぇ、マナちゃん、いつから人間になったの?」
 マナちゃんは、ふうっと溜め息をついて言った。
「そんな昔のことは忘れたわよ」
 マナちゃんは、リビングの窓から颯爽と出ていった。
「今の捨てゼリフ、ちょっとかっこよかったわね」
 そう呟きながら。

「もえないゴミの日は、私がゴミ出しに行かなきゃねぇ・・・」
 私は、小さなコーヒーカップを、食器棚にしまった。


イラスト かえでさん






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