お引っ越し
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家に帰ったら、黒い人が立っていた・・・。 いつものように大学から自分のアパートへ帰った私は、私の部屋のドアの前に誰かが立っているのに気付きました。その人は、フード付きの真っ黒なマントを羽織っていて、顔はもちろん、男なのか女なのか、どのくらいの年なのかも分からなかったので、私は思わずその人の顔をのぞき込んで言いました。 「セールス・・・か、何か?」 「いや、死神っす」 のぞき込んだその顔は、魔法使いのお婆さんのような人を想像していた私の予想を裏切って、意外に若い男の人でした。 「ああ、死神ね・・・」 ・・・。 ・・・死神?? いくらマイペースな私でも、バッグを開けてドアの鍵を取りだし、部屋のドアを開けて中に入り、再びドアを閉めようとした所でふと気付きました。 死神っていったら、死んだ人を迎えに来る人なんじゃ・・・。 「・・・あの、うちにご用ですか?」 「いや、隣っす」 とりあえず、ほっ。 と、一息ついてドアを閉め、バッグをソファに投げ出し、インスタントコーヒーを入れて一口飲んだ所で、私はふと考えました。 隣の人、死んじゃうのかな・・・。 隣はまだ三十歳くらいの男の人。あまり話したことはないけれど、確か刑事さんとか言ってたような・・・。あ、刑事さんなら、犯人に拳銃で撃たれたりとかして?でも、あの死神さん、ここにいるっていうことは、このアパートで死んじゃうって事なのかな・・・。 普段滅多に使っていない(ような気がする)頭をフル回転させて考えた末、私はもう一度玄関のドアを開けました。 とにかく、真実を訊いてみるしかない。 ![]() 「あのぉ・・・」 「はい。なんっすか?」 「外、寒いでしょ。隣の人帰ってくるまで、うちでお茶でも・・・」 「あ、どうも。じゃ、遠慮なく・・・」 そうして彼を部屋へと招き入れ、二人分のコーヒーを入れ、彼とテーブルに向かい合って座った後、しばらくのあいだ二人のあいだに不穏な空気が流れていました。呼んでみたはいいけれど、どう切り出して良いものか分からなかったんだもの。 いくらなんでも、“隣の人死ぬんですか?”なんて怖くて訊けない・・・。 「あ、あのぉ・・・」 「あ、俺、死神やってる真央って言います。よろしく」 「あ、私、女子大生やってるつぐみって言います。よろしく・・・」 なんだなんだ?話を切り出すチャンスが・・・。 「大学生っすか。いいっすね。いやね、俺も大学卒業してすぐ就職したんっすけどね、この仕事、なかなかきついんですよ」 死神に就職・・・。なんか大物っぽい・・・。 「死んだ人を天国に連れていくわけだから、その人の死に際見てなきゃならないでしょ。家族の人たちとか可哀相だなぁって、同情しちゃうんっすよね」 や、やっぱり、隣の人を連れに!? 「俺は病死専門だからまだいいんっすけど、ほら、交通事故で即死とかってあるじゃないっすか。そういう人たち担当するのって大変らしいっすよ。自分が死んだっていうことを信じてくれなくて、逃げようとしたりするらしいっす」 「はぁ・・・」 いや、私の訊きたいのはそういう事じゃなくてね、隣の人が・・・。待って、この人病死専門って事は、隣の人、不治の病とかで・・・。 そのとき、隣の部屋のドアを開ける音が聞こえてきました。 「あ、帰ってきたみたいっすね。じゃあ俺、行きますんで・・・」 ええっ・・・!!ちょっと待ってよぉ。もう死んじゃうって事!?嫌だよぉ。自分の身近な人が(っていってもろくに話したこともない人だけど)死んじゃうなんて、やっぱり怖いよぉ・・・。 「あ、あの、コーヒーもう一杯いかがですか?」 「え、いや、もう結構です。どうもありがとうございました」 そう言ってさっさと出て行ってしまった死神真央にしばらく呆然としていた私は、隣の部屋のベルを鳴らす音に我に返ると、ドアの影からそっと外をのぞいてみました。 「おおっ、真央じゃねえか。久しぶりだな」 ・・・え!? 「お久しぶりっす。啓先輩!!」 「せ、先輩!?」 思わず大声を出してしまった私の方を、二人の男の人が振り返りました。 「あれ?つぐみさん。いたんっすか」 「あ、はい・・・」 「あ、この人、啓先輩ね、俺の職場の先輩だったんっすよ」 職場のって・・・、死神の? 「先輩は殺人専門の死神だったんっすよ。でも、死神やってるうちに、殺人犯追ってる刑事の方に憧れちゃってね。二年前、刑事に転職したんっす」 そ、それじゃあ、その先輩に会いに来ただけなんだ・・・。死んじゃうんじゃないのね・・・。 私は、死神から刑事に転職した人が隣に住んでたとかそういう難しいことは置いといて、とりあえずほっとしました。 ![]() 「お前今どこに住んでんの?」 「天国青雲三丁目っす」 「ああ、あそこって、事故死の奴らが固まってるとこだろ?お前って病死専門じゃなかったっけ?」 「いやぁ、そうなんっすけどね、今、一丁目、人がいっぱいで俺等入れないんっすよ。だから引っ越したんっす」 ・・・話についていけない・・・。 「ふぅん。で、今日何の用?急に訪ねてきて。あ、もしかして俺もう寿命!?」 「違うっすよ。死神って半端じゃなく大変な仕事じゃないっすか。俺もうこの仕事やめようかなって思って、で、啓先輩に相談しようと思って来たんっす。死神から転職した先輩っすからね」 ・・・。 しかし、この後、死神真央が転職することはありませんでした。なぜなら・・・。 「つぐみさん、今見てきたんっすけど、実家で葬式やってたみたいっす」 「お母さんたち悲しんでた?」 「はい。つぐみさんも、悲しいっすか」 「うん、でもいいや。これから真央さんの家にお引っ越しだもん。・・・それより、真央さんはいいの?転職したいんじゃ・・・」 「いや、つぐみさんがいてくれるならこの仕事がんばるっすよ」 「・・・でも私、自分がこんなに早く死んじゃうとは思わなかったわ。まさかあそこで交通事故に遭うなんて・・・」 「俺もびっくりしたっすよ。つぐみさんが天国に運ばれてきたときは・・・」 ・・・でも、幸せだからいいか。 イラスト 梅川紀美子さん
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