かけら配達2~満天の星空~








かけら配達2 ななみさん


傾いた居場所 ねじ曲がった扉
開ける小さな勇気を 捨てる最後の勇気を
まぼろしの君に秘めて 旅立ち待ってた


rumania montevideo「Anny」(rumania montevideo「rumaniamania」GIZA,INC.)



 あたり一面、茶色の世界が広がっていた。崩れた家やビルの残骸と、焼け焦げたような木々・・・。空気まで茶色く濁ってしまったような光景が、見渡す限り続いている。
 どこまでも、どこまでも、静かな世界が広がっていた。
「痛ぁい!!」
 突然、瓦礫が崩れ、靖子は思わず叫び声をあげた。腕から血が滲みだしたが、靖子はそんなことはお構いなしに、手に持っていたものをかざした。
「よし、今日の食料ゲット!・・・まあ、とりあえずオッケーとするか」
 どうやら、今日の食事は、さっき瓦礫の下から見つけたポテトチップス・・・。靖子は包みを開けようとしたが、ふとその手を止めて、溜め息をついた。
「・・・どこに行っちゃったんだろう」
 そのとき、遠くの方から、何かがドサッと落ちるような音が聞こえた。音のした方に、人影が見える。誰か、倒れているようだ。靖子はその人の方へ駆け寄った。二十代くらいの男のようだ。
「どうしたの?・・・ねえ、大丈夫!?」
「腹減った・・・」
「え?」
 靖子は、慌てて持っていたポテトチップスの包みを開けて、男に差し出した。男は、それを無我夢中で口に押し込むと、あっと言う間に包みを空にしてしまった。
「ありがと。・・・あ、ごめんね。全部食べちゃって・・・」
「・・・別にいいよ」
 そう言って去ろうとした靖子を、男が呼び止める。
「君、怪我してるじゃない!!駄目だよ、バイ菌入っちゃうよ。ほら、僕ハンカチあるから・・・」
 男は、靖子に駆け寄ると、持っていたハンカチで傷口を結んだ。靖子は、ただ呆然とそれを見つめていた。
「・・・これでよし、と。あ、また怪我するといけないから、僕の上着あげるよ。はい」
 確かに、靖子は黒いキャミソールにジーパン姿で、どこも汚れて真っ黒になっている。男がジャンパーを着せようとするのを、靖子は止めた。
「いいよ。あんただって怪我するじゃない」
「僕は大丈夫だからさ」
「そ、じゃあ、遠慮なく・・・」
 そう言って男の手からジャンパーをもぎ取ると、靖子はさっさと後ろを向いて、また瓦礫の下を探し始めた。男は、しばらくその様子を不思議そうに見つめていたが、やがて尋ねた。
「ねえ。さっきから、何探してるの?」
 靖子は男の方をちらっと見てから、一言ぽつりと言った。
「・・・彼氏」
「え?」
 男はそれを聞いた途端、瓦礫をただ黙々と探っている靖子の後ろで慌てふためいた。
「あ、あの、彼氏って、・・・君の恋人、この下に埋まっちゃったの?じゃあ、大変じゃん。僕、あの、僕も手伝っ・・・」
「ばーか。冗談よ。あんたが私の食料食べちゃったから探してるんでしょ。うるさいからほっといてよ」
「あ、そ、そうだったんだ。じゃあ、僕が悪いんじゃん。僕も探すよ」
 そう言ってから、男はしばらく靖子の様子を伺っていたが、靖子が何も言ってくれないので、仕方なく靖子の隣で食料を探し始めた。
「君ってクールなんだね。・・・あ、申し遅れました。僕、飯田望」
 それでもやっぱり靖子が何も言わないので、男・・・望は、靖子が、自分が食料を食べてしまったことを怒っているんだと思い始めた。そこで望は、何とか靖子の機嫌を取ろうと、必死でしゃべり始めた。
「あ、でもさ、君ってすごいよね。毎日こうやって食料探してるんだ?僕なんか、どうしていいか分からなくて、ただ歩いてたら倒れちゃって・・・。あ、あの・・・僕は、二十三歳A型蠍座。えっと、好きな食べ物は・・・」
「結城靖子!二十歳!!」
 自分の機嫌を必死に取ろうとする望を哀れに思ったのか、それともただ単に望の話が耳障りだったのか、靖子は大声でそれだけ叫ぶと、望をきっと睨み付けた。その態度で何かを感じたらしい望は、黙って瓦礫を退け始める。
 世界は、再び静かになった。
 靖子は、望を横目で見た。大きなバッグを背負っているが、中身は多分空であろう。
 それよりも気になったのが、肩から提げているバッグだった。バッグの形から、中に入っているのはギター・・・。
「・・・音楽、やってるの?」
 靖子の方から口を開いたので、望は内心驚いた。しかし、すぐに笑顔になる。
「良かった。やっと君の方から僕に話しかけてくれた」
 そんなことを言われると、靖子は途端に不機嫌になる。
「じゃあ、もう訊かない」
 望の方は、靖子のちょっとひねくれた言動に、また戸惑ってしまう。口を開いていいものか、やっぱり黙っていた方がいいのか・・・。
 そんな望に、靖子は呆れはてた。考えてみたら、ただ単に望が靖子に近づいていっただけで、靖子の方は望がいようといまいと関係ない訳なのだ。だが、望が持っている、ギターが入っているであろうバッグを見たとき、靖子が少なからず望に興味を持ったことは確かである。
「・・・で?」
 靖子はもう一度、望に話すきっかけを与えてみた。今まで考え込んでいた望が、やっとほっとした表情になる。
「あ、あの、僕はただのサラリーマンなんだけど、昔からミュージシャンになるのが夢でね。だから、いろんな所で歌ってるんだ。いつかはサラリーマンやめて、かっこいいミュージシャンになりたいんだけど・・・」
「『かっこいい』は無理ね・・・」
 靖子は、望の顔をまじまじと見つめると、くすっと笑った。
「あ、やっと笑ってくれた」
 そう言ってしまってから、望はまた、靖子の機嫌を損ねてしまったことに気付く。
 しかし、望が何か言おうとする前に、靖子が口を開いた。
「あなたは知ってるの?どうして、こんなことになったのか・・・」
 靖子は下を向いたまま、ぽつりと言った。
 茶色く濁った世界は、今、ここに自分が存在していることがおかしいような感覚さえ生み出している。
「・・・僕にも分からない。気がついたら、こうなってた。みんな・・・、死んじゃったのかな・・・」
「死んじゃったならまだいいわよ!」
 靖子の叫び声がこだまする。望には、その言葉の意味が分からない。
「あなた、気付かないの?みんな死んじゃったのならどうして、死んじゃったその体まで無くなってるの?」
 確かに、家や木々の残骸こそあるものの、人間や、他の動物たちの屍が転がっている様子はどこにもなかった。
「みんな、どこかに行っちゃったのよ。私をおいて・・・。きっと真平だって・・・」
 そこまで言って、靖子は口をつぐんだ。そして、それ以上何も言わなかった。
 望には、靖子にとって、その“真平”という人物がどのような存在なのか、何となく察することが出来た。しかし、靖子を慰める言葉は、いくら探しても見つからなかった。そしてそれから、自分も靖子と同じように、全てのものに裏切られたような感覚を覚えた。
 それからしばらく、ふたりは何も言わなかった。

 靖子が口を開いたのは、それから一時間も後のことで、瓦礫の中から小さなファイルが出てきた時だった。
「これ、こんなところに・・・」
 靖子はファイルを開いた。中には、たくさんの楽譜が挟んである。
「それ・・・、楽譜?」
「そう。これは、真平が書いた・・・」
 靖子は、“真平”という人物のことを望に話し始めた。望に話すこと、それはそのときの靖子にとってはごく自然で、何のためらいもなく言葉が飛び出した。
 “真平”は、自分より少し年上で、小さい頃から兄のように慕っていたこと。望と同じように、ミュージシャンになるのを夢見ていたこと。そして、自分はそんな真平に恋をして、けれども片思いであったこと・・・。
「私ね、こんな性格だから、きついことばっかり言っちゃうのよね。私は、思ったことを素直に言ってるだけなの。でも、それがかえって反感買ったりして。だから、私のことをホントに分かってくれる人なんかいなかった。みんな、私のこと嫌って離れていっちゃった。私のこと分かってくれるのは、真平だけだった・・・」
 そこまで言ってから、靖子は首を振る。
「ううん。それも違ってたのよ。真平も、私をおいてどこかに行っちゃった・・・。私のこと、分かってくれる人なんて、ホントは誰もいないの!」
 その言葉に、今度は望の方が首を振る。
「そんなことないよ。真平さんは君のこと分かってくれてたはずだよ。みんなが君をおいていったなんて、どうしてそんな悲しい事言うの。それに・・・、それに僕だっている。僕は、君のこと嫌いだなんて思わないよ。君はとても素敵な人だって・・・」
 そのとき、乾いた音と共に、靖子の手のひらが望の頬を赤く染めた。
「そんな気休めみたいな事言わないで!」
 靖子の肩が震えている。
「あなた、今ここに私しかいないから、そんなことが言えるのよ。あなたが言ってることは全部嘘。人に溢れた都会の中にいたら・・・、それでも同じ事を言うって、絶対に、同じ事が言えるって断言できる?」
 望は、思わず口をつぐんでしまった。靖子は、持っていたファイルを地面に叩き付けると、そのままどこかへ行ってしまった。
 望は、しばらく呆然と、そのファイルを見つめていた。そのまま、望は動くことが出来なかった。動くことが出来ないまま、望は考える。靖子が言ったこと・・・。都会の群衆の中で靖子に出逢っていたら、自分は同じ事が言えるのか。
 望が靖子に出逢ってからまだ間もないせいか、それとも、靖子の方が、こんな状況だから望にやさしくしているからなのか、望はまだ、靖子がそれほど嫌な性格だとは思っていなかった。むしろ本当に、望にとって靖子は素敵な人だった。こんな状況で、ただ何をすればよいかも分からず歩き続けていた望と違って、靖子は、冷静に自分のするべき事を把握して、それに向かっているようだった。また、靖子は、自分の思ったことを貫き通す、強い人だと思った。靖子は、自分の持っていないものを持っているように思われた。
 望は、地面に放っておかれたままのファイルを手に取ると、ゆっくりとそれを開く。そして、ギターの入っているバッグを開けた。
 ファイルの中の楽譜のひとつを開くと、望はギター片手に歌い始めた。やさしい音楽だった。だけどそれは、ラブソングではなくて、自分自身について書かれた歌だった。
〝僕には何もなくて 何もできなくて
 たくさんのガラクタの中から 小さな希望さえも見つけられなくて
 ただ ひたすら歩き続ける僕は いったい何を求めているんだろう〟
 それは、自分のことを歌っているようで、望は、ひとつひとつの言葉を噛みしめながら、ただただ、歌い続けた。

「下手な歌。そんなんで、ミュージシャンになんかなれるわけないじゃない」
 太陽が、すっかり沈んでしまった頃だった。ふいに、後ろから声がして、望はギターを弾いていた手を止めて振り返る。
「真平はもっと上手かった。あなたみたいに、音はずしたりしないもん」
 それは、どこかへ行ってしまったはずの靖子だった。
 自分の所に、靖子が戻ってきてくれた。望は、驚くのと同時に、どうしようもなく嬉しさがこみ上げてくる。
「君と・・・、一緒にいてもいいかな」
 望はためらいながら、それでも、まっすぐ靖子を見つめながら言った。
「別に。勝手にすれば」
 そう言って、靖子は優しく笑った。

 それからしばらく、ふたりは黙っていた。
 靖子は相変わらず瓦礫の下を探っているし、望は屋根の残骸の上に座って、そんな靖子を見ているだけだった。
 そのとき、靖子は瓦礫の下から、何か箱のようなものを見つけた。
「オルゴール?」
 靖子は、そのオルゴールのふたを開けてみた。中から、聞き慣れたメロディーが聞こえてくる。
「この曲、真平が私に作ってくれた・・・」
 メロディーに続いて、何か光るものが、次から次へと空へ昇っていった。そして、暗い空一面に星が散りばめられた。
 靖子はオルゴールを持ったまま、望の隣に座る。
「そう言えば、今日は七月七日・・・、七夕だ・・・」
 望が、ぽつりと呟いた。
 毎日、同じ景色の中、同じ事の繰り返しで、日にちなんて忘れていた。靖子は、焦りすぎていた自分に気付き、ふっと溜め息をつく。
「ありがとう・・・」
 それは、靖子の口から自然と出てきた、いちばんの言葉だった。
「え?何が?」
 望は思わず聞き返す。
「分かんないけど、なんか、世界に私ひとりだけじゃなくて良かったなぁって感じ。ただそれだけ・・・。今日はぐっすり眠れそう」
 それから靖子は、望の持っていたファイルを手に取った。
「私は、これからもずっと真平のことが好きだと思うし、真平のこと探し続けると思う。だけど、今までとちょっと気持ちは違うの。真平も、私のこと探してくれてるって、信じたい」
 望は、深く頷いた。
「それでいいと思うよ。きっと、また出逢えるよ。君はおいていかれちゃったんじゃなくて、ただちょっと早く来すぎちゃったんだと思う。みんなが追いついてくるまで、ゆっくり待ってればいいんじゃない?僕みたいなのんびりしたのが付いてるんだから」
「あなたに出逢ったのは、七夕の夜の奇跡・・・、なのかなぁ」
 靖子は、ファイルの中から、楽譜をひとつ取りだした。
「これ、真平が私に作ってくれた歌。この、オルゴールと同じ歌。あなた、ギター弾いてくれない?私が歌うから」
 そして、満天の星空の下、ふたりだけの音楽会が始まる。
〝大きな翼は ときに震えて臆病で
 強がって言い訳ばかりの世の中に
 翼を広げられず 都会の片隅で泣いている君がいた〟
 靖子の声はとても澄み渡り、世界中に響いていく。その歌は、少し悲しくて、でも、靖子の本当の強さ、正しさに満ちていた。

 そして、ふたりは、深い深い眠りについた。


かけら配達 from.shinpei  to.yasuko


大きな翼は ときに震えて臆病で
強がって言い訳ばかりの世の中に
翼を広げられず 都会の片隅で泣いている君がいた

それでも あの 大きな大きな空へ
いつか飛び立てることを信じて

いつの間にかなくしてしまったかけらは
僕が持っているから
君が笑える日が来たら 僕が届けよう

君の翼を 暖める力はないから
君の傷を 癒やす力はないから

ただ 見守る僕に
君が翼を広げてくれるように・・・


イラスト ななみさん






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まとめ