キ・レ・ル星月夜ちゅう。「ONE PIECE」中心サイト小説・詩中心サイトイラスト中心サイトBRILLIANT☆PINKおにぎりオレンジ色のワンピース指定席 First Christmas Jewel Fish約束みかん畑の唄Cheers!!海の歌声HAPPY BIRTHDAYこたつでみかんSpecial Holynightcall to lock you果てしなき逃亡生活願い事ひとつだけ夜間飛行制服の夏二人のロケット新緑誰も知らない夜明けlipstick未来~5つの夢物語~ポインセチア











切・れ・る tomoko

冷たい言葉を 固く固く凍らせ
無表情な心の向こうに 追いやっていた
なのに・・・
突然投げられた 熱い感情の砲弾は
一気にその言葉たちを溶かし
解き放った!

急にしぼんだ心は
息ができないほど
苦しくて 苦しくて
今も元に戻れない・・・


はにほへといろ
はにほへといろ/四条さん

深海魚
深海魚/るーさん

ぷちふーる
ぷちふーる/RENOさん

maime
maime/85さん
のっぽのみ~ふぁみりーメルヘンの部屋
のっぽのみ~ふぁみりーメルヘンの部屋/おびきみつこさん

keifuu
keifuu/如月恵さん
風の散歩道
風の散歩道/はせがわゆうじさん

寝ブル子供
寝ブル子供/後藤貴志さん

MAYONAKA no OEKAKI
MAYONAKA no OEKAKI/まごべーさん

IBLARD
IBLARD/井上直久さん

Pettyraps.
Pettyraps/かなみさん

エムズ
エムズ/キリノさん

0313
0313/ケンジさん

cucurim
cucurim/curiさん

ひよ子のハンカチ
ひよ子のハンカチ/ひよ子さん

Clover Garden
Clover Garden/しらとあきこさん
 なんだか得体の知れないもんが、唇の上を這い回ってやがる・・・。
 意識の奥の奥の方で、ゾロはそう思った。
 ・・・あんまり気持ちのいいもんじゃねぇな・・・。
 そう思ったところで、ゾロははっと目を覚ます。目の前に、ふふん、と笑う女がいた。
「あら、起きちゃったの」
 そう言うと、その女・・・ナミは、持っていたその・・・ピンク色の口紅の、おしりのところをクルクルと回して口紅を仕舞うと、カチャリと蓋を閉める。
「・・・何やってんだ?お前・・・」
 寝起きでまだボーっとしながら、ゾロはナミの仕草をじっと見遣る。ふと、先程の感触を思い出して、ゾロは慌てて手の甲で唇を拭った。手の甲が、ピンク色にキラキラと輝く。
「馬鹿っ、何塗ってんだよお前はっ」
 怒るゾロを尻目に、ナミはすまして答える。
「何って、口紅。サンジ君にもらったの」
「・・・そういうこと訊いてんじゃねぇんだよ」
 ナミに悪態を吐きながらも、心の中で、ゾロは小さく呟く。
 ・・・しかし、よくやるなアイツも。俺だったら、店の前で3時間悩んでも絶対に買わねぇ・・・。
「つーか、もらったもんなら俺に使わねぇで自分で使えよ」
「あら、失礼ね。もう塗ってるわよ」
 そう言うと、ナミは自分の唇を指差す。ピンク色にキラキラと、それは光を浴びた果実のように輝く。
 が。
 ・・・いつもとの違いがわからねぇ。
 ゾロにしてみればその程度。
「それに、私ちゃんと言ったわよ?『起きないと塗っちゃうわよ』って」
「わかるかそんなもん」
 ゾロはそう言うと、昼寝を続けようと壁に凭れかかる。
「こらこら、待ちなさい」
 再び目を閉じようとするゾロを、ナミが軽く小突いた。ゾロは面倒くさそうに片眉を上げてナミを見る。
「・・・あ?まだ何かあるのか?」
「あんたねぇ、私が何でサンジ君からこれもらったと思ってんの。今日は私の誕生日なのっ」
「そうか、そりゃおめでとう」
 言ってから、ゾロの体にゾクッと悪寒が走った。ものすごく嫌な予感。
「で?あんたからは?まさか何もないなんて言わないわよねぇ?」
 ・・・こういうときのこいつは悪魔だな。
 ゾロはぼんやりと思う。
 大体、自分の誕生日もろくに覚えてねぇのに、俺が人の誕生日を覚えてると思うか?つーか、こいつはそれを知ってて言ってるな・・・。
 そして何もしないとどうなるかくらいも、ゾロは容易に想像がついた。
「まぁ、ゾロにこういうものは期待してないけどね」
 持っている口紅をひらひらと揺らしながら、ナミはふふん、と笑う。
「あんただったら、店の前で3時間悩んでも絶対に買えないでしょ?」
「・・あぁ?」
 その言葉に、ゾロがぴくりと反応する。
 誕生日プレゼントに口紅を買う、なんて、そんなことやろうとも思わないが、あのコックにできて自分にできないと言われると、なんだか腹が立つ。
「・・・買えないんじゃなくて買わねぇんだ。つーか、3時間もまず悩まねぇ」
「はいはい」
 ナミは、それで?とでも言わんばかりにゾロを見遣る。
 ・・・この女・・・。
 自分を皮肉めいた・・・いや、ある意味期待に満ちた目で見つめるナミを、ゾロは恨めしそうに見た。
 なんとかこいつを出し抜いてやりてぇ・・・。

nikonikoさんより


 ゾロはしばらく不機嫌そうな顔でナミを見ていたが、ふと、何かを思いついたように、「おい・・・」とナミに小さく声をかけた。
「ん?何・・・?」
 声をよく聞こうと、ナミがゾロの方へ耳を傾ける。
 その瞬間、ナミの頬に、何かやわらかくあたたかなものが触れて、ナミは思わずそこから飛び退くと、自分の頬を手で押さえた。
「ちょ、ちょっと何?今の」
 頬を押さえていた手を退けると、手のひらに、僅かにピンク色が光っていた。頬にはくっきりと、ピンク色のキスマーク。
「何って、誕生日プレゼントだろ?」
 壁に凭れかかったまま、ゾロがにやりと笑う。
「それとも、頬より唇の方が良かったか?」
「馬鹿っ」
 僅かに頬を紅潮させながらも、ナミはじろっとゾロを睨むと、すくっと立ち上がる。
「プレゼントくれなかった分と、私のほっぺを無断で奪った分、締めて10万、借金にしっかり上乗せさせていただきますからねっ」
 捨て台詞を残して、そのままくるりとゾロに背を向けると、ナミは大きな足音を立てながらすたすたとキッチンの方へ向かう。
「あ、おいこら、それプレゼントだっつったろ?」
「却下っ」
 慌てるゾロを尻目に、ナミはひらひらと手を振って去っていった。
「つーか、そのまま戻ったらバレバレだっつーの・・・」
 キスマークがついたままのナミの頬を思い出しながら、ゾロは呟く。
 ・・・あ~、クソ、10万足したらいくらになるんだ?
 律儀に借金の額を計算してため息を吐きながらも、ゾロはなんとなく、美味しい思いをしたような気がしてならないのだった。


イラスト nikonikoさん
 2枚の紙切れを大事そうに両手で持って、海軍中佐は街へと続く通りを急ぐ。とある家の前に辿り着くと、彼は帽子を丁寧に被り直した。コホンとひとつ、小さく咳払いしてから扉をノックすると、扉はゆっくりと開いて、中から優しそうな奥さんが顔を出す。
 2枚の紙切れを奥さんに渡して、彼はなにやら話していたが、やがて、家の奥から小さな女の子が嬉しそうに叫ぶ声を聞くと、満足そうに敬礼して帰っていった。

 いつの間にか、その家の周りには、好奇心からかたくさんの人たちが集まってきていた。

「へぇ。彼もとうとう賞金首になったのかい」
 口髭を生やした中年のおじさんがそう言うと、
「こっちの賞金額も上がってるぜ」
と、覗き込んだ青年が口を出す。
 この家の小さなリビングは、あっという間に人で埋まってしまった。
 人だかりの真ん中にあるのは、先程中佐が持ってきた2枚の紙切れ・・・海軍の手配書であった。手配書には、かつてこの街を救った2人の海賊の姿があった。

 “モンキー・D・ルフィ”・・・そして、“ロロノア・ゾロ”。

「すごいね!お兄ちゃんたちっ」
 テーブルの淵に手をかけて、手配書を覗きこみながらそう言ったのは、先程の小さな女の子だった。
「リカちゃんはどっちが好み?おばちゃんはこっちかしらぁ・・・」
 小太りなおばさんが、手配書を指差しながらうふふと笑うのを尻目に、リカと呼ばれたその女の子は、両方の手に1枚ずつ、手配書を持つと、高く掲げて言う。
「ママ、これ、私のお部屋に貼ってもいい?」
 そして女の子は、嬉しそうににっこりと笑った。


*


 びゅん、びゅん、と、風を切る音が聞こえる。
「・・・にまんきゅうせんさんびゃくよんじゅうご・・・にまんきゅうせんさんびゃくよんじゅうろく・・・」
 いつものように、甲板で筋トレをする午後。素振りの音と、数を数える自分の声だけが、やけに響いている。
「・・・にまんきゅうせんきゅうひゃくきゅうじゅうはち・・・にまんきゅうせんきゅうひゃくきゅうじゅうきゅう・・・」
 ちょうど30000を数えたとき、誰かが笑ったような気がして、ゾロはふと、素振りをする手を止めて空を見上げた。
 真っ青な空に、少しいびつな丸い雲が2つ、ぽっかりと浮かんでいる。

 ゾロは、この冒険の、“はじまりの日”を思い出した。

 素振りが終わると、ゾロは、真っ先にキッチンへと向かった。
 流れ落ちる汗をタオルで拭きながら、バンっと勢い良く扉を開けると、ゾロは中にいたコックに、「おい・・・」と小さく声をかける。
 皿を拭いていた手を止めて、「・・・あぁ?」と面倒くさそうに振り返ったサンジに、
「おにぎり、作ってくれ」
 ゾロは、それだけ言った。
 その表情があまりにも真剣だったからか、サンジはあっけに取られたまま、思わず「あ、あぁ・・・」と小さく頷いてしまう。
 その返事を聞くと、ゾロは扉をパタンと閉めて出ていった。

 なんだかぼうっとしたまま、言われるままにお米を研ぎ、ご飯を炊いてボールに移し、調味料の並んだ棚に手を伸ばしたところで、サンジはふと気づいた。
「ちょっと待て」
 棚に片手を伸ばし、視線はご飯を見つめたまま、サンジは考える。
「なんで俺が、あのクソ野郎のためにおにぎりを握らなきゃなんねぇんだ」
 さっきはなぜだか流れに乗るまま返事をしてしまったが、野郎に料理を作れと言われて言われるままに作る義理はない。しかし、炊いてしまったご飯を無駄にするのはポリシーに反する。
 しばらく考えた後、
「食えりゃいいんだろ・・・」
 そう呟いて、サンジは、伸ばしかけていた手を、隣の調味料に移した。

 キッチンの扉を開けると、甲板の淵に凭れて眠る男の姿が目に入った。
 サンジの眉が、ぴくりと動く。
「あの野郎・・・」
 低く呟くと、サンジは階段をゆっくりと降りていく。こんなときでも、右手に持った皿の上の料理に気を配ってしまうのは、コックの悲しい性だ。
 右手を肩の高さに保ったまま、大口を開けていびきを掻いているその額を思いっきり左足でど突くと、ゾロはようやく目を覚ました。
「オラ、食え」
 眠そうに目をこすっているゾロの前に差し出した皿には、どう見ても握ったとは思えない、ただご飯を丸めただけのおにぎりが2つ、並んでいる。
「だいたい、何で俺が・・・」
 そう言おうとしたサンジは、「サンキュ」とおにぎりをひとつ手に取ったゾロの態度に、思わず言葉を失った。
 素直にお礼なんか言われたら、少しだけ、ほんの少しだけ、良心が痛む。
 じっとおにぎりを見つめて様子を伺っているサンジの態度を知ってか知らずか、ゾロは、いびつなおにぎりに大口で齧りつく。この男には珍しく、もぐもぐとしばらく味わって、ごくりと飲みこんだ後、ゾロは小さく呟いた。

「・・・懐かしい味だ」

「あぁ?」
 怪訝な顔をして、サンジは首を傾げる。
「・・・味覚音痴か?」
 おにぎりを繁々と眺めながら訊ねるサンジに、
「そうでもねぇよ」
と一言呟いて、ゾロはまた、おにぎりに大きく齧りついた。

 台所には、丁寧に三角に握られた、船員全員分のおにぎりの他に、蓋を開けたままの砂糖の入れ物が置きっぱなしになっている。

 おにぎりを頬張りながら、ゾロは、空を見上げる。
 ぽっかりと浮かんだ2つの雲はもう遠くて、きっとあの街まで行くんだろう、そんな気がした。

茲原しろうさんより


イラスト 茲原しろうさん
 昼間から続いていた騒ぎもすっかり収まり、甲板には静寂が訪れていた。
 散らばった酒瓶と、始めから何も載っていなかったかのように綺麗に片付いた料理皿、そして花火の残骸。それらを囲むようにして、船員達が輪を作って眠っている。
 お腹をいっぱいに膨らませて真ん丸になったルフィと、その上で大の字になっているチョッパー。「ナミさん・・・」と寝言を言うサンジ。そのサンジに左手を掴まれているのは、自作の花火を抱えて時々「ふふん」と笑いを浮かべるウソップ。さっきまで一緒に酒を飲んでいたゾロも、酒瓶がすべて空になったとわかると、1秒も立たないうちに眠ってしまった。
「睡眠切換スイッチでもついてんのかしらね・・・」
 眠ってしまったゾロを覗き込んでナミがそう呟くと、「そうね」とロビンはにっこり笑った。ナミはそのまま、ロビンの隣に座り込む。
「うちの男共ったら、まるでなってないわ」
 ひざを抱えて、ナミは少し膨れっ面で言う。
「そうね」
 ロビンはまたそう言うと、「ふふっ」と可笑しそうに笑った。
 ナミは立ちあがると、オレンジ色のワンピースを翻す。
「こんなに可愛い女がここにいるっていうのに、ホント、なってないわね」
 そうしてナミは、悪戯っぽい笑顔を浮かべた。

「ナミといえば、みかんっ」
 相談開始から5分。単純な船長が何の迷いもなくそう言い放ったのは、朝食後のことだった。
 港に立ち寄る少し前。ナミが指針を確かめる為に甲板に出ている間に、船員達はキッチンで相談を始める。
「船にでっかいみかんの木が立ってるつーのに、みかんプレゼントしてどうすんだよっ」
 ウソップがツッコミを入れる。
「誕生日って、何あげたら喜ぶのかな」
 なぜだかわくわくしながら、チョッパーが呟く。
「みかんみかんっ」
 ルフィはさっきからそればかり言っている。
「お前は少し黙ってろ」
 ゾロがルフィを宥めようとしたとき、隣でロビンがふと呟いた。
「みかん色の洋服なんて、似合うんじゃないかしら・・・」
 その言葉に真っ先に反応したのは、当然というべきかサンジだった。
「さすがロビンちゃんっ。ひらひらでフリフリのワンピースを翻すナミさん!可愛いだろうなぁ・・・」
「それはお前の趣味だろうが」
 ハート型の煙をふかすサンジに、ゾロがツッコミを入れる。
「けどそれならまぁ、あいつも喜ぶんじゃねぇか?」
 ゾロとサンジの喧嘩が始まる前に、ウソップが横槍を入れた。

「やっぱり、似合うわね」
 月の光にワンピースを翻したナミを見て、ロビンは呟いた。
「そう?ありがと。こういうの着ると、なんだか心がウキウキするわね。少女の頃に戻ったみたい、なんてね」
 そう言ってナミは、飛び跳ねたりくるくる回ったりしてみる。
 ロビンは、昼間のナミを思い出して、太陽の光をいっぱいに浴びたオレンジを想像する。

 船が港につくと、これも当然というべきか、唯一女であったロビンがプレゼントを買いに行くことになった。
 何軒か洋服屋を回った後、とある店の店頭に、オレンジ色のワンピースを見つけた。サンジの言葉を思い出して、少し苦笑いする。ロビンはそのまま店を通り過ぎようとしたが、思いなおしてもう一度店頭に立った。
 サンジが言うような“ひらひらでフリフリ”とは程遠いし、これならあの気の強い航海士に似合いそうだ。
 少し迷ってから店に入り、店員に「お嬢さんならこのドレスの方が・・・」と青いドレスを勧められるのを軽くかわして、ロビンはそのワンピースを買って船へと急いだ。

オレンジ色のワンピース auaさん


「あら、あんたたちにしては気が効いてるじゃない?」
 プレゼントの包みを開けた後、ナミはいつものように悪戯っぽくそう言って、それから少しはにかんだ。
 いつもは気の強い航海士が、少しだけ、少女に戻る瞬間。
 こんなときに男の人たちは恋をするのかしら・・・?と、ロビンはふと思った。
「さ、ナミさん、サンジ特製、ナミさんのお誕生日の為のフルコースをどうぞ」
「おい、酒もありったけ持って来いっ」
 甲板に料理が並ぶと、色気より食い気の男達は、主役より先に一斉に手を伸ばしはじめる。サンジはそんなのにはお構いなく、オレンジ色のワンピースに着替えたナミに見とれている。
 オレンジ色のワンピースは、太陽の光を浴びて一層きらきらと輝いていた。

 ウソップの抱えていた花火が、ひゅうっと音を立てて空へと舞い上がると、ぱんっと夜空ではじけた。
「あら、まだ残ってたのね・・・」
 ナミが月の光る夜空を見上げて、小さく呟く。
「ななな、なんだ?大砲か?」
「敵ぃぃぃぃっ!!??」
「お、朝か・・・」
 眠っていた男達が、花火の音に一斉に目を覚ます。
 まだ眠い目をこすっている男達に、
「あんた達、こんな可愛い女をおいて先に寝ようなんて100万年早いわよ」
と、ナミはワンピースを翻しながら楽しそうに笑い、ロビンは花火に火をつけるために咲かせた手をそっと引っ込めた。


イラスト auaさん
 早朝。まだ人気の無い街の中に、カランと小さな音が響く。
 バーの扉が静かに開いて、一人の男が姿を現した。
「あら、船長さん。今日は早いんですね」
 少し冷たい空気に乗せて、店の中からマキノの声が聞こえてくる。
「またしばらく船を出そうと思ってな。ルフィに見つかるとうるさいから、さっさと行こうかと・・・」
 そう言って、船長と呼ばれた男・・・シャンクスは、カウンター席に腰掛けた。
「・・・それよりなんだ?この匂い。店の外まで香って来たが・・・」
 瞳を閉じて鼻をぴくりと動かすと、シャンクスは首を傾げる。それを見て、マキノはくすっと笑って言った。
「相変わらずルフィは航海に行きたがってるんですね。・・・ほら、これです」
 マキノがカウンターの向こうから取り出したのは、大きなケーキだった。
「今日、ルフィの誕生日なんですよ」
 それを聞いて、ケーキに手を伸ばそうとしていたシャンクスが慌てて手を引っ込める。
「そうなのか?知ってりゃプレゼントの一つや二つ用意しといたのに・・・」
 そのままシャンクスは、行き場をなくした手で頬杖を突く。
「ルフィか・・・。あいつは何やりゃあ喜ぶんだ?」
 もう片方の手でマキノの差し出したコップを取り水を飲み干すと、シャンクスはポツリと呟いた。
「そうですねー・・・」
 ケーキに飾りを施しながら、マキノも首を傾げる。
 しばらくの沈黙の後、マキノがふっと呟いた。
「・・・冒険・・・」
 シャンクスは、顔を上げると、少し苦笑いした。
「ははは・・・悪いがそりゃ、やれねぇな。あいつを航海に連れて行く訳にはいかねぇし」
「・・・そうですね」
 マキノは少し微笑み返す。
 空のコップを弄びながらシャンクスはしばらく考え込んでいたが、やがて被っていた麦わら帽子を取ると言った。
「そろそろ行かねぇと。マキノさん、ちょっとお願いがあるんだが・・・」

「シャンクスの奴、また俺に内緒で行ったのかよー・・・」
 カウンター席でコップをガチガチと齧りながら、ルフィは面白くなさそうに呟いた。
「船長さんはルフィを危険な目に遭わせたくないだけよ。それよりこれ。お誕生日おめでとう」
 マキノの差し出したケーキに、ルフィが目を丸くする。
「おぉ!すっげー。ありがとうマキノ!いただきまーすっ!」
 握り締めたフォークをケーキの真ん中に突き刺すと、ルフィはあんぐりと口を開ける。その様子を、マキノが少し苦笑いしながら見守っている。
「ほれへ?はほ・・・」
 ケーキを頬張りながら言いかけて、ルフィは慌てて口の中のケーキをごくりと飲みこむ。
「うめぇ・・・」
 その様子に、マキノも自然と笑みがこぼれる。
「そう、よかった」
「それで?あの麦わら帽子は何なんだ?」
 ルフィが指差した先は、店の隅にある小さなテーブル。その上に、麦わら帽子がちょこんと載せてある。
「船長さんがね、帰ってくるまで、あの席を予約しておいてくれですって」
 それを聞いて、ルフィが首を傾げる。
「なんでだ?訳わかんねぇな」
「そうね。でも、私は船長さんらしくていいと思うわ」
「?」
 ますます首を傾げているルフィに、マキノは楽しそうに笑いかけた。
「・・・ま、いいか」
 そう言ってルフィは、残りのケーキをぱくりと口に入れた。
 店の隅では、麦わら帽子が、主の帰りを待つように佇んでいる。

 そのテーブルは、シャンクスが航海から帰ってくると、毎回ルフィに冒険の話を聞かせている、2人の指定席・・・。  夕暮れ時。波は穏やかで、船は赤く染まった海の上を漂う。
 記録指針ログポースを(いちばんまともそうな)ビビに任せて、ナミはキッチンでなにやら本を広げている。キッチンからはよい香りが漂ってきて、甲板の船員クルー達にもうすぐ夕食が出来上がることを知らせていた。
「ねぇ、サンジ君」
 フライパンを振っているサンジに向かって、ナミが声をかける。
「は~いっ、なんでしょうナミさんっ!」
 フライパンを振りながら鼻を膨らませて満面の笑みで振り返るサンジに、ナミは少しだけ溜め息をつく。
「クリスマス、って知ってる?」
 肩を落としながらも、ナミは読んでいた本の1ページを指さして訊ねた。
「クリスマス・・・?ああ、北の海ノースブルーの最北端にあるとかいう、どこかの村の祭りだかなんだかって・・・。話は聞いたことありますけど」
「まぁそんなとこね。その村の宗教に関係する祭典みたい」
 ナミはページをパラパラめくりながら答える。
「で、クリスマスが何か?」
「これ見て」
 ナミは、傍らに置いてあったもう1冊の本を広げてみせる。サンジは、今度は何かをかき混ぜながら、そちらを見た。
「・・・『クリスマスには、サンタクロースがよい子にプレゼントを届けにやってきます』。あぁ、大丈夫ですよナミさん!よい子にしてなくてもナミさんには俺がプレゼントを・・・」
「違うっ!!」
 サンジの頭に、ハート型のこぶができる。
「これはその村に伝わる伝説・・・みたいなもの。夜眠ってる間に、このサンタクロース氏がこっそりプレゼントを置いていくって」
「じゃあナミさんが眠ってる間に俺がこっそり忍び込んで・・・」
「しつこいっ!!」
 ハート型のこぶ、2つめ。
「明日はチョッパーの誕生日でしょ。それが、クリスマス前日にあたるクリスマス・イヴとちょうど同じ日なの。だからね・・・」
 ナミは、本をぱんっと閉じると言った。
「このイベントを、チョッパーのためにやるってのはどう?」
「つまり、チョッパーが眠ってる間に、俺達がサンタクロースに代わって誕生日プレゼントを置いておくと・・・」
「そういうこと。みんなにはそれとなく伝えておいて、チョッパーにはこのクリスマスのイベントのことだけは話しておくの」
「さーっすがナミさんっ!名案です!!」
 サンジがハート型の煙をふかしているのを尻目に、ナミは本を抱えてすたすたとキッチンを後にした。

「クリスマス?」
 夕食をほおばりながら、チョッパーはナミの言葉に首を傾げた。
「そう、正確に言えば、明日はクリスマス・イヴね。クリスマスにはね、眠ってる間に、サンタクロースって人がプレゼントを置いていってくれるの。明日の朝起きたらきっと、サンタクロース氏からプレゼントが届いてるわ」
「本当かっ!?」
「本当よ」
 ナミが笑顔で答える。
「でもねトニー君」
 横からビビが口をはさんだ。
「プレゼントをもらうには、準備が必要なの」
「準備?」
「そう、だから、夕食が済んだらみんなで作りましょ」

 真っ暗になった海の真ん中に浮かぶ小さな船は、辺りの静けさに似合わず大変賑やかだった。女部屋では、ただ今特大の“くつした作り”が行われていた。
「これで出来上がり!」
 ナミが大きなくつしたを掲げる。編み物では間に合わないということで、要らなくなった布を接ぎ合わせて作ったそれは、チョッパー1匹くらい優に入ってしまうほどの大きさである。
「おおっ!この中にプレゼントが入るのか?」
 チョッパーは瞳を輝かせてそれを見つめている。
「すっげー!おいナミ!俺にも作ってくれ!」
 ルフィ、本来の目的を忘れてはしゃいでいる。
「でもなんでくつしたなんだ・・・?」
 首を傾げるのはウソップ。
「いいじゃねぇかそんなことどうでも。なぁナミ!俺の分!」
 そう言ったルフィの前に、布がどさりと置かれる。
「自分でどうぞっ」
「なんでだよー、ケチっ」

「楽しそうだな・・・」
 下から聞こえてくる声に、夕食の片付けを終えてキッチンから出てきたサンジが呟く。そのまま自分も下へ降りようとして、サンジはふと、見張り台にいるゾロに声をかけた。
「おい。お前はやらねぇのか?」
 上から、姿は見せずに声だけが返ってくる。
「俺は見張りだ。それに・・・」
 ゾロは面倒くさそうに体を起こしてサンジを見下ろした。
「チョッパーには悪りぃが、宗教とか神とかいうのはどうもな」
 神に祈ったことがないという彼は、どうやらそういうものに関わるのもあまり好きではないらしい。
「協調性のないヤツ・・・」
 サンジは呟きながら、その場を後にする。ちょうどそのとき、上がってきたチョッパーとすれ違った。
「どこ行くんだ?」
「ゾロのとこだ」
 そう言ってチョッパーがサンジに見せたのは、チョッパーに作ったものとは明らかに大きさの違う、小さなくつした。
「これゾロの分。ビビが持ってけって」
「何っ!?これ、ビビちゃんが作ったのか?ということは、俺の分も・・・」
「うんっ。ウソップが作ってる」
 チョッパーが大きく頷く。
「ちょっと待て!なんで俺のはウソップが作ってんだ!クソ剣士にやるくらいならそれ俺に・・・」
 サンジが言い終わらないうちに、チョッパーはさっさと駆けていってしまった。

「おーいっ、ゾロー!!」
 声がした方をゾロが振り返ると、チョッパーが見張り台に上ってくるところだった。
「何やってんだお前」
 そう言いながら、ゾロは手を貸してチョッパーを上らせる。こういうとき、どうして人型にならずに小さいまま上ってくるんだろうということは、あえて突っ込まない(だって可愛いから)。
「ほら、これ」
 見張り台に着くと、チョッパーはゾロに小さなくつしたを差し出した。ちょうどゾロの足の大きさくらいのくつしたである。
「なんだ?片方しかないし・・・」
 するとチョッパーが、得意げに答える。
「このくつしたを寝るときハンモックに提げておけば、サンタクロースがこの中にプレゼントを入れていってくれるんだ」
 そう言って、そのくつしたをゾロに差し出す。
「これ、ゾロの分」
「ん?・・・ああ」
 サンジに『参加しない』と言った後なだけに少々ばつが悪い気もするが、くつした受け取るくらいならいいだろう、とゾロはそれを受け取った。
「サンタクロースはよい子のところにしか来ないんだ。だから俺、ビビに頼んでゾロの分も作ってもらった」
「・・・そりゃご苦労様」
 少し苦笑いしてそう言ってから、ゾロは何気なくチョッパーに訊いてみた。
「けど、俺達海賊だろ?海賊やってる時点で、よい子じゃないんじゃねぇか?」
「えっ・・・」
 チョッパーは思わず、考え込む。
「・・・そうか」
「だろ?」
「うーん・・・」
 チョッパーはもう一度考え込んだ。

「ちょっとぉ!あんたチョッパーに何言ったのよ!」
 呼ばれて見張り台から降りてみると、ゾロは開口一番ナミに怒鳴られた。
「何って、俺は素朴な疑問を投げかけてみただけだ」
「だからその素朴な疑問ってのが何か訊いてんのよっ!」
 隣にいたウソップが、慌ててフォローを入れる。
「チョッパーのヤツ、さっきお前のとこから戻ってきたと思ったら突然『俺、プレゼントもらえなくてもいいから』って」
「で、笑顔で出てったはいいがそのまま自分の部屋で不貞寝」
「あー。なるほど」
 ゾロは思わず相槌を打つ。
「なるほどじゃないわよ!やっぱり心当たりあるんじゃない!」
 ナミはひとりで気が立っている。
「とにかく、何言ったか知らないけど、あんたちゃんと謝ってきなさいよ」
「・・・そのトニー君、部屋でぐっすり眠ってるんだけど」
 ナミの後ろから言いにくそうに呟いたビビに、思わずそこにいた誰もが「おいっ」とツッコミを入れた。

 そろそろ丑三つ時。男部屋のハンモックにも、女部屋のベッドにも、(なぜか)全員分のくつしたが提げてある。が、部屋にはチョッパーが眠っている以外、誰もいなかった。
「準備はOK?」
 男部屋の入り口に集結したルフィ、サンジ、ビビ、カルーに、ナミが声をかける。
「おうっ、いつでもいいぞ!」
「OKですナミさ~んっ!」
「クエッ!」
「うるさいっ!!」
 大声で返事する男2人と1羽に、ナミが誰よりも大きな声でツッコミを入れる。
「ナミさん、トニー君起きるから・・・」
 ビビが苦笑いしながらナミを宥める。
「それにしてもウソップ遅いわねぇ」
「やあ諸君、おまたせ」
 その時、後ろから声がして、4人と1羽は振り返る。
「何?その格好・・・。そういう決まりなの?」
 真っ赤なコートに身を包み、白い髭を携えてやってきたウソップに、ナミは力なくツッコむのだった。
 みんな揃ったところで、懐中電灯を持ったウソップを先頭に、5人と1羽は男部屋へと入っていく。
「おい、チョッパーのヤツ、なんだかんだ言ってハンモックにくつしたぶら提げてるぞ」
 ウソップが小声で言う。
「チョッパーらしくていいぞ、うん」
 ルフィがひとり納得したように頷く。
「ルフィさん声が大き・・・いたっ」
「いてっ」
「どうした?ビビ」
 ウソップがビビの方を懐中電灯で照らす。と、
「Mr.ブシドー!?」
 おでこを押さえているビビの前に、同じくおでこを押さえたゾロが立っていた。
「なんだかんだ言ってお前も来たんじゃねぇか。しかしビビちゃんに怪我を負わせるとは許せんっ!」
「頭ぶつけただけじゃねぇか。・・・一応、チョッパーの不貞寝は俺の責任でもあるからな」
 ゾロは「仕方ない」とでもいうように頭を掻く。
「さ、ともかく、早くチョッパーのくつしたにプレゼント入れようぜ。お前らうるさくてチョッパー起きちまうよ」
 みんな、それぞれに自分の持って来た誕生日プレゼントをチョッパーの大きなくつしたに入れる。
「ちょっとぉ、これ誰のよ。大きすぎて入んないわよ」
「それはこのウソップ様特製自動・・・」
「おいこらルフィ!お前俺の作ったクッキー食ってんじゃねぇよ」
「だってうめぇぞこれ!」
 こんなにうるさくしていてもなんとかチョッパーは起きないまま、この夜は幕を降ろした。

「うおーっ!すげーぞこれ!!」
 チョッパーの叫び声に、男部屋で眠っていたルフィ、ゾロ、サンジ、ウソップ、カルーは一斉に眼を覚ました。ウソップが女部屋の2人を呼んで、ナミとビビも男部屋へやってくる。
 チョッパーは、たくさん入っている、プレゼントのひとつを手にとる。よく見ると、プレゼントにはメッセージカードが添えられていた。
「・・・『お誕生日おめでとう』・・・?」
「ハッピーバースデー!チョッパー!!」
 その途端、周りから一斉に声があがって、チョッパーは思わずハンモックから落ちそうになった。やっとのことでハンモックにしがみつくと、チョッパーは周りを見渡す。気づかないうちに、みんながチョッパーの元に集まっている。
「・・・俺、誕生日・・・?」
「そうよチョッパー。忘れてたの?」
「ウソップサンタクロース様とその部下達からの誕生日プレゼントだ」
「誰が部下達だ・・・」
 チョッパーは次々に、くつしたからプレゼントを取り出す。それぞれが綺麗にラッピングしてあって、メッセージカードが添えてある。
「これはルフィからでしょ、それからこれはサンジ君・・・」
 ナミがひとつずつ、プレゼントの説明をしていく。
「で、これはゾロから」
「昨日は余計なこと言って悪かった」
 そして、最後に、無理矢理入れたウソップの大きなプレゼントを取り出してから、チョッパーは思わず叫んだ。
「みんなーっ、嬉しいぞー!!ありがとー!!!」
 そんなチョッパーを、みんなが笑顔で見守る。ふと、チョッパーの大きなくつしたを見たサンジが言う。
「おい、これ、まだ何か入ってんじゃねぇのか?」
「え?」
 よく見ると、ハンモックの上に置かれたくつしたが、まだぼこっと盛り上がっている。
「ほんとだ。まだ入ってる」
 チョッパーはくつしたの中を覗き込むと、いちばん奥から何かを取り出した。綺麗にラッピングされている点は同じだが、メッセージカードの添えてないプレゼント。
「誰からだ?これ」
「何?誰かこっそりもうひとつ入れたの?」
「いや、俺は入れてねぇ」
「俺もだ」
 誰もが首を横に振る。結局、誰のものかわからず、みんな首を傾げた。
「おい!見ろ。俺のくつしたにも入ってる!」
 突然ウソップの声がして、みんな後ろを振り返る。
「おおっ!よく見りゃ俺のにも!」
 ルフィも自分の作ったくつしたの中を覗き込んで言った。
「もしかして私達のにも入ってるんじゃない?」
 ナミとビビが女部屋へ戻っていく。
「・・・俺のにも入ってやがる・・・」
 ゾロが眉をひそめて呟く。
 結局、全員のくつしたの中に、プレゼントが入っていた。
「これってもしかして・・・」
 ナミがぽつりと呟く。
「本物のサンタクロースか!!」
 ルフィが大声で叫ぶ。
「ほんとか!?」
 チョッパーも瞳を見開いている。そして嬉しそうに言う。
「やっぱり俺、いい子にしてたからな」
「海賊なのになんでだろうなぁ。にししし」
「そりゃあルフィ、俺達が清く正しい海賊だからよ」
 ウソップが得意げに言う。
 ゾロはしばらく怪訝そうにプレゼントを見つめていたが、
「誰かがくつしたの中にプレゼント入れて、俺はそれを受け取った。それだけのことだ・・・」
と誰に言うでもなく呟いて、勝手に納得したようだった。宗教とか神とかに関連付けるのだけは、どうしても嫌らしい。
「ねえ、トニー君。私達のプレゼント、開けてみて」
「うん」
 ビビの一言で、チョッパーはプレゼントの包みをひとつずつ開け始めた。

「・・・で」
 サンジの不機嫌な声と共に、男部屋に不穏な空気が漂う。
「俺がチョッパーに作ったクッキー、全部食っちまいやがったのお前かルフィ!!」
 サンジの前には、中身が空の箱が置かれている。
「お、俺じゃねぇぞ!俺は昨日夜中に1個食っただけで」
「寝ぼけて全部食べちゃったんじゃないのー?」
「ありうるな」
「ちょっと待てサンジ。ルフィが食べたとしたら、こんなに綺麗にラッピングし直すはずがねぇ」
 確かに、中身だけが抜かれたとは思えないほど、それは綺麗にラッピングし直されていた。
「そりゃそうだ。・・・てことはお前かウソップ!」
「なんでそうなるんだよ!!」
 また、賑やかな朝が始まった。クリスマスだろうが誕生日だろうが、いつもと変わらぬ船員クルー達の叫び声が、今日も明るい海に響き渡る。

「だってあんまり美味そうな匂いがするから、つい、な」
 そんなことを呟きながらゴーイングメリー号を見下ろす、赤いコートに白い髭のおじいさんがいたとかいないとかは、船員クルー達にはどうでもいいこと・・・なのである。
世界の何処にいたって僕らは
星屑よりも小さくて
そして大きすぎる夢も見れる


GARNET CROW「Jewel Fish」(GARNET CROW「Last love song」GIZA,INC.)



 “トニートニー・チョッパー”・・・世界で一番偉大なヤブ医者が付けた名前。
 その名の通り“斧”のように聳え立つ雄姿を掲げて、彼は新たなる冒険への第一歩を踏み出した。

 ゴーイングメリー号に乗船して、初めての朝。チョッパーは一人、甲板へと降り立った。
 昨夜の騒ぎが嘘のように静かな朝。朝日はまだ、海から顔を出し始めたばかりだ。みんなはまだ、眠っているのだろうか。昨夜はあまり、眠れなかった。嬉しさと楽しさと、それからほんの少しの寂しさ切なさが混ざり合って、意味もなく早起きしてしまった。
 手すりの間から顔を覗かせると、チョッパーは海を見つめた。
 四角く切り取られた海は、その姿を変えることなく、ただそこに佇んでいる。夜には見えなかった海の全貌・・・それは、ここからではまだ見えない。
 海をもっとよく見てみようと、チョッパーは、桜の花びらの形をした両手を手すりにかけると、よじ登ろうとぐっと力を入れた。
 そのとき突然、体がふわりと舞い上がって、チョッパーは思わず「うわっ」と小さな悲鳴をあげた。
「よおっ、チョッパー」
 チョッパーを抱き上げたのは、ルフィだった。
 ルフィはチョッパーの体を軽々と持ち上げると、そのまま自分の肩に乗せる。
「どうだ?この方が、よく見える」
 チョッパーは、広くなった視界をぐるりと見渡した。
 そしてその途端、歓声を上げずにはいられなかった。
 海が見える。光あふれる、朝の海。どこまでも、絶えることなく、一面に青い世界が広がる。その真ん中に、ぽつんと浮かんでいる、ゴーイングメリー号。そして、ここにいる自分自身の、何てちっぽけな存在・・・。
 心の底から、何かが押し出されるように湧きあがってくるのを感じる。ぞくぞくするような、くすぐったいような・・・。これはきっと、好奇心。全てが弾け飛ぶような興奮と、感動。なんだか、叫びだしたい衝動に駆られた。
 偉大なる海の前では、感情を隠すことなど必要ない。チョッパーは、海に向かって大声で叫んだ。
「おれはトニートニー・チョッパー!よろしく!!」
 波が、緩やかに揺れる。日の光に優しく煌いて・・・、自分を受け入れてくれているように、彼には感じられた。
『お前はいつか海へ出ろよ!!お前の悩みなどいかに小せェことかよくわかる!!』
 いつかヒルルクが言った言葉を思い出して、ルフィの麦わら帽子に添えた手に力がこもる。それを感じて、ルフィは帽子の下で嬉しそうに笑った。
 朝日が昇りきった海を、魚の群れが跳ねていく。舞い上がる水しぶきが光に煌いて、まるで宝石のようだ。
「おい、見ろチョッパー!」
「おおっ、すげーっ!!」
 歓声を上げる二人の瞳は、冒険心で溢れている。
「美味そうだ!!」
「・・・えっ?」
「そう言えば腹減ったなー。サンジ、メシ!!」
 チョッパーを担いだまま、ルフィは甲板を駆け回る。
 もうすぐ、二人の叫び声に起こされた船員達が、甲板へとやって来るだろう。賑やかな朝が始まる。
 この偉大なる海の中に、ぽつんと浮かぶちっぽけな船は、今日も最高速度で、己の野望に向かって進んでいく。

秀汰さんより



イラスト 秀汰さん
きのとさんより


「おい。クソ剣士はどこ行った?」
 両手に抱えた料理をテーブルにどっかりと下ろすと、サンジは不機嫌な声で言った。
 ここは、ゴーイング・メリー号キッチン。言うまでもなく、テーブルに料理を置くより先に皿に伸びてきたゴムの手を見事な足技で蹴り落とした後の発言である。
 構わず料理を食べ始めたルフィたちに代わって、ナミが答える。
「あら。ゾロなら、ご飯はいらないって、甲板の方に行ったわよ」
「いらねぇだと?俺の自信作を・・・。ありがとうナミさん!」
 言うが早いが、サンジはキッチンの扉を勢いよく開けて、外に飛び出していった。

 甲板ではゾロが、酒を呷りながら刀を翳して空を仰いでいた。持っているのは、和道一文字。今日は満月。月の光に、刀がよく映える。彼の周囲だけが、一種異様な静寂を保っていた。
「おい、クソ野郎」
 その静寂を破ったのは、言うまでもなくサンジだった。
「・・・なんだ?」
 ゾロがゆっくりと振り返る。そのただならぬ空気に、サンジは一瞬、動けなくなった。不機嫌なようでもなく、闘志を剥き出しにしている訳でもなく、むしろ穏やかにさえ感じられる空気・・・。
 だがサンジは、すぐにいつもの調子に戻ると、言った。
「てめぇ俺の料理をいらねぇとはどういうことだ」
 すると、ゾロは少し考えて、それから呟いた。
「・・・ああ・・・」
 “ああ、そんなことか”・・・サンジには、そう言っているように聞こえた。ゾロはそれだけ言って、また、刀を天に翳す。
 ・・・ちっ、調子狂うぜ・・・。
 サンジは、いつもと違うゾロの様子に、少しだけ戸惑いを覚えた。いつもならすぐに言い返してきて、そして喧嘩になる。そうすることで、どういう訳かうまくやってきた。
 だから余計に、サンジは何も言い返せなかった。何も言い返すことが出来ずに、押し黙ってしまった。
 そんなサンジの気持ちを察したのか、ゾロはサンジをちらっと横目で見ると、また一言だけ呟いた。
「・・・命日、なんでな」
 それは、何の答えにもなっていなかった。そして、全てにおいて、それが答えになっていた。
 そう言えばゾロは、時々口走ることがある。“親友”だとか、“約束”だとか・・・。しかし彼は、それについて何も明らかにしない。何も言わないし、誰も何も訊かなかった。
 サンジはそれ以上訊くのをやめると、甲板の手すりに凭れかかった。煙草に火をつけると、静かに白い煙を吐き出す。ゾロは、サンジを追い返すようでもなかった。相変わらず刀を翳して・・・空気は穏やかだった。
 また、静寂が訪れた。白い煙が、天に昇る。その先には、満月。
「約束・・・、だからな」
 ふいに、ゾロが言った。サンジが振り返る。
「・・・野望は捨てねぇ」
 それは、サンジに言っているようでもあったし、刀に・・・きっと親友に・・・語りかけているようでもあった。鷹の目との戦いの中で、唯一、折れることのなかった刀。
 サンジは、いつか自分が言った言葉を思い出していた。
“簡単だろ!!!野望捨てるくらい!!!”
 ・・・簡単、か・・・。
 サンジはもう一度白い煙を吐き出すと、知らず知らずのうちに呟いていた。
「・・・俺だって捨てねぇよ・・・」

 波に漂う、一隻の船。そこに並ぶ、二つの影。
 今日は満月。月の光に、刀がよく映える。


イラスト きのとさん
「お帰り。遅かったね」
 窓からふと視界に入ったみかん畑にナミの姿を見つけて、ノジコは外へ出た。みかん畑の一角で、ナミは今回の戦利品を地中に隠しているところだった。
「大きな船だったからちょっと手間取っちゃってね。でも見て。こんなにたくさん」
 ナミは傍らの宝箱をひとつ、開けてみせる。そこには札束や宝石が溢れるほど入っていた。
「あと残り五千万ベリー。どう?希望が見えてきた?」
 ノジコは言葉を返さずに、少しだけ笑ってみせた。
「ねぇ、それより、なんだかいい匂いがする。なんだか懐かしいような・・・。何か作ってるの?」
 ナミは瞳を閉じて、家の方からの甘い香りに身を預けると、ノジコに訊ねてみる。
「今できたとこ。おいで」
 ノジコはナミを家の中に招くと、ナミを椅子に座らせて、自分はキッチンの方へ入っていった。
「ナミ、誕生日おめでとう」
 ふいに、ノジコの影が懐かしい人と重なる。ノジコが持ってきたのは、みかんケーキ・・・。

「はいできた!ベルメール特製みかんケーキ!!」
 夏色のエプロンを翻し、ベルメールができたてのケーキを持ってキッチンから出てくる。
「やったぁ!ベルメールさん、はやくはやく!」
 テーブルの上に身を乗りだしてはしゃぐナミ。
 一年に一度、ベルメールがナミのために作るみかんケーキは、ナミがまたひとつ、大人になったことへの証。
 みかんの甘い味と香りが、口いっぱいにほどけるように広がっていく。
「ナミ、誕生日おめでとう」
 切り分けたケーキを夢中で食べているナミに、ベルメールが微笑む。
「ねぇベルメールさん、私のときは上にもみかん載っけてよ」
 ナミの横からそう言うのはノジコ。
 そこには確かに、穏やかな時間が流れていた。

マリさんより


「これ・・・」
 驚くナミに、ノジコが笑いかける。
「ベルメールさんみたいにうまくは作れなかったけどね。でもこれでもいちばんの自信作。食べてみて」
 ノジコはケーキを切り分けると、ひとつを小さな皿に載せてナミに渡す。ナミはゆっくりと、それをひとくち、口に運ぶ。懐かしい味と香りが、口いっぱいに広がっていく。
「おいしい・・・」
「ほんと?よかった」
 ナミは、まぶたの裏が熱くなっていくのを感じていた。涙が零れ落ちないように必死で堪えながら、ナミは、ケーキをひとくちずつゆっくりと口に運んでいく。
 そんなナミの様子を見て、ノジコが言った。
「この村に平和が戻ったらさ、私だけじゃなく、村中のみんなであんたの誕生日祝ってあげるからね」
 そう言って笑うノジコに、ナミも精一杯の笑顔で頷いた。

「ゲンさんどう?」
「うん。美味い」
 ノジコの作ったみかんケーキを食べながら、ゲンゾウは呟いた。
「・・・そうか、今日はあの娘の誕生日か・・・」
「約束してたの。この村に平和が戻ったら、村中でお祝いしてやるって」
 みかん畑からの爽やかな風が、窓から入ってくる。
「今ごろ、どこで何をしているんだか・・・」
 そう言うゲンゾウに、ノジコが笑って言う。
「あの娘のことだから、うまくやってるよ。この世界のどこかで、あの娘はいつだって笑ってられる。もう、独りじゃないからね・・・」
 ノジコはふと、窓の外を見る。風に揺れるみかんの樹の向こうで、懐かしい人が微笑んだような気がした。

───ナミ、誕生日おめでとう───

 風に乗って声が聞こえる。きっと、この世界のどこかにいるナミにも届いているはずの、優しい、あの人の声が・・・。


イラスト マリさん
「なぁ、サンジ、ケーキ作ってくれ。俺ケーキ食いてぇ」
 それはいつもと何ら変わりない、ある朝のことだった。朝食に乗じて、船長のいつもの気紛れが始まる。
「我侭言うんじゃねぇよ。料理に関しては俺に任せて・・・」
 いつものように軽く流そうとするサンジ。そこへ、
「いいじゃねぇかたまには。俺も食いてぇな、ケーキ」
 ウソップがルフィに賛同。
「ケーキなんて甘いもん・・・んん!」
 言いかけたゾロの口を塞いで、ナミが言う。
「サンジくん、お・ね・が・い」
「はい!分かりましたナミさん!!」
 サンジ、即答。
 そう、それはいつもと何ら変わりない、ある朝の出来事。例えほんの少しいつもと様子が違っていたとしても、ハート型の煙をふかしているサンジには気づかれないほどの・・・。

阿呆聖人さんより


「どうだ?あいつの方は」
 キッチンから出てきたナミに、ウソップが声をかける。
「大丈夫、張り切ってケーキ作り始めたみたいだから」
 ナミがウソップにOKサインを送る。
「そっちはどう?作れそう?」
「任せとけって」
 今度はウソップがナミにサインを送る。
「さてと・・・」
 ナミは甲板を見回すと、寝転がっているゾロの元へ。
「ゾロ、あんたもやるのよ」
 そう言ってナミは、ゾロの前にどさりと紙の束を置いた。
「あ?なんだこりゃ」
 ゾロが面倒くさそうに起き上がる。ナミが、ゾロの前で実演してみせる。
「この紙を細長く切って、こうやって輪っかにして鎖みたいに繋いでいくのよ」
「そんな面倒くさいことできるか。俺は寝る」
 そう言って再び眠りかけたゾロに、ナミがぼそっと一言。
「この間のお酒代のことだけど・・・」
 ぴくりと反応するゾロ。
「確かあの時・・・」
 ナミが何か言う前に、ゾロが慌てて起き上がる。
「分かったよ、やりゃいいんだろ、やりゃ!」
「そういうこと」
 ナミがにっと笑う。
「あ、ルフィ、あんたもお願いね」
 ナミは船頭に座っているルフィにも声をかける。船頭からぴょんと飛び降りるルフィ。
「任せろ」
 ゾロ、嫌な予感。
「ちょっと待て、おまえも一緒にやるのか?」
「おう、よろしく!」
 二人を見届けて、すたすたと去っていくナミ。
「あ、おい。ナミ!」
 ゾロの叫びも無視してナミは一旦自分の部屋へ行くと、小さな机と、何やら食材を抱えて戻ってきた。
「私も始めるとしますか」
 こうして役割分担を終え、それぞれが自分の仕事を順調にこなしているように見えた。・・・が、しばらくの後。
「何でおまえはそうなるんだよ・・・」
 頭を抱えているのはお察しの通りゾロ。その視線の先には、なぜか床にぐさりと刺さっている紙切り用のナイフ。
「さぁ、何でだろうなぁ・・・」
 本気で頭の上にクエスチョンマークを浮かばせながら、ルフィがナイフを抜く。と、ルフィの手をすり抜けたナイフが、ゾロの顔すれすれのところを勢いよく飛んでいった。
「あ、わりぃわりぃ」
 持っていた紙を握りしめ、拳を震わせるゾロ。
「いいからおまえはあっち行ってろ!」
 ゾロの元を追い出されたルフィ。今度はナミの元へ。何やらおいしそうなものが並んでいる。ルフィはそのうちのひとつを取って・・・。
「お、うめぇ」
「ありがと。・・・って」
 ナミが振り返る。
「何つまみ食いしてんのよあんたは!!」
「おおっ」
 慌てて一歩下がろうとするルフィ。と。
「あー、ルフィ、そこ踏むなぁ!!」
 無意識のうちに出したウソップの手は、無残にもルフィの足の下・・・。
「ルフィ・・・」
 思いっきり涙目のウソップ。
「いいから邪魔だけはするな!!!」
 ついに、3人の怒りが爆発するのだった。
「いい、今からあんたはキッチンに行って、テーブルと椅子を取ってくるの。サンジくんには上手く誤魔化すのよ。分かった?」
「御意」
 すたすたとキッチンの方へ歩いていくルフィ。
「あいつに誤魔化すなんて芸当できんのか?」
 ちょうどその頃、キッチンでは。
「何やってんだあいつら。うるせぇな」
 一人、呟きながらケーキを作っているサンジ。
「ま、いつものことだが・・・」
 そう言いながら、ドアノブに手をかける。
「おい。おまえら何やって・・・」
かちゃりとドアを開けようとした・・・そのとき。
“ドン!!”
 ドアが何かにぶつかって、その向こうの光景を見ることは憚られた。そう、同じくドアを開けようとした、ゴム人間によって・・・。
「なんてタイミングの悪いやつ・・・」
 ウソップが呟く。
「というか、いいやつ・・・。いつもながら」
 ゾロも頭を抱える。
「なんだ?」
 猶もドアを開けようとしたサンジを、ナミが慌てて止める。
「あ、サンジくん、ケーキどう?」
「ナミさん、任せてください!必ずやナミさんのお気に召すものをお作りいたします!」
「ありがと、じゃ、お願いね」
「はい!」
 いそいそとキッチンへ戻っていくサンジ。一同、とりあえずほっと一息。
「あ、それからサンジくん。テーブルと椅子、ちょっと借りるわよ」
「どーぞどーぞナミさん!」
 もはやサンジの目にはナミしか映っていないらしい・・・。

 そんなこんなで、何時間か経った後。ついに、サンジ特製ケーキが完成した。
「うーん、我ながら上出来」
 サンジはケーキを左手に乗せると、勢いよくドアを開けた。
「出来たぞクソ野郎ども!と、ナミさーん!」
 とそのとき、
“パーン!!”
 大きな音がすると同時に、サンジの上に色とりどりの紙吹雪が降り注いだ。
「な、なんだ?」
「ハッピーバースデーサンジ!」
 いつの間にか、甲板は、パーティー会場と化していた。甲板の手すりはリングにして繋いだ紙で飾られ、真ん中にはキッチンから運び出されたテーブルが、きちんとレースのテーブルクロスをかけられて置いてある。呆然とするサンジに、ナミが声をかける。
「どう?驚いた?」
「・・・あ、ああ・・・」
「今のはウソップ特製即席クラッカーよ」
 ウソップが満足そうに腕組みをして頷く。
「それから、手すりの飾りつけはゾロ」
 ゾロは照れくさそうに頭を掻いている。ルフィが横から口を出す。
「あ、俺も俺も」
「てめぇは邪魔してただけだろ・・・」
「それから・・・」
 ナミは少しはにかみながらテーブルを指す。そこには、たくさんの料理が並べられている。
「これ、ナミさんが?」
「そ。キッチン使えなかったから、大したものは出来なかったけどね」
 今度は、ウソップがサンジの背中を押す。
「ま、ラブコックのこともちったぁ祝ってやろうっていう俺たちの粋な計らいだ。ありがたく思え」
 そうして、呆然としているサンジを椅子に座らせて自分たちもテーブルにつくと、サンジのバースデーパーティーが幕を開けた。
「乾杯!」
 5人の声が大空に響き渡る。
「うーん!ナミさんの手料理最高!」
 鼻を膨らませながら幸せに浸るサンジ。
「本当?よかったー」
 それを微笑みながら見つめているのはナミ。ルフィはそこら中の料理を片っ端から食べていて。
「うめぇ!」
「あ、ルフィてめぇ、それは俺の・・・」
「いいじゃねぇかゾロ。減るもんじゃないし」
「減ってるって・・・」
 デザート用によけてあるケーキを見て、サンジが訊ねる。
「けど何で祝われる当事者がケーキ作らなくちゃいけねぇんだよ」
「しょうがないだろ。他におまえを足止めする方法見つからなかったんだから」
 まだいくつか残っている、自分の作ったクラッカーを眺めてにやけながら答えたのはウソップ。
「そんなことどうでもいいよ。ケーキ食いたかったし。んじゃ、いただきまーす!・・・うげっ」
 ケーキを食べようとしたルフィにサンジの蹴り技炸裂!
「待てルフィ。俺の誕生日を祝ってくれんだろ?当然このケーキは俺のもんだ」
「なんでだよ、ケチー!!」
「もちろんナミさんには差し上げますよ」
 そう言ってサンジはケーキを丁寧に切ってナミの皿に載せる。
「ありがとサンジくん。うーん、おいしい!」
「ずりぃぞナミ!いただき!」
 サンジがナミに気を取られているうちに、丸ごとケーキを持っていったのはルフィ。
「あ、こらルフィ!」
「俺にもくれルフィ!」
 サンジとウソップがルフィに襲いかかる。
「ぐー・・・」
 そんなことはお構いなしに、いつの間にか眠っていたのはゾロ。

 いつもと何ら変わりない、ある一日は、こうして慌しく過ぎてゆくのだった・・・。


イラスト 阿呆聖人さん
「何してんだ?こんなとこで」
 背後からの突然の声に、ナミは振り返った。
 ゴーイングメリー号の甲板から、ナミは真夜中の海を見つめていた。果てしなく広がる海と、星々が瞬く果てしない空。その中に、船はぽつりと浮かんでいる。
「ゾロ?」
 ・・・振り返った先にいたのは、月の光に照らされた、一人の剣士だった。
「あんたこそ、どうしたのよ、こんな夜中に」
 ゾロは大きな欠伸をひとつすると、面倒くさそうに頭を掻きながら答える。
「ちょっと眠れなくてな」
「年がら年中どこででも寝られるあんたの言うセリフじゃないわね」
 そう言って、ナミは悪戯っぽく笑う。
「・・・で?」
 ゾロは、ナミの隣り・・・甲板の手すりにもたれかかると、もう一度大きな欠伸をした。
「アタシも同じ。眠れなくて外に出たんだけど・・・」
「けど?」
「海を見てたのよ。そしたらね、いろいろな音が聞こえるの。波の音や、風の音。昼間の賑やかな船の中で聞くのと全然違うの。澄み渡ってるっていうか。こんな音もあったんだって、なんだか心地よくなっちゃってね」
「そっか」
 ゾロは、両肘で体を持ち上げるようにして立つと、一度伸びをした。
「邪魔したな」
「あ、待って」
 そう言って部屋へ戻ろうとしたゾロの左手を掴んで、ナミが引き止める。
「あ?」
「まあいいじゃない、もう少しだけ。ホント言うとね、誰かに聞いてもらいたいと思ってたとこなのよ。この時間を独り占めするのが、勿体無い気がしてね」
「だったらあのラブコックとかの方がいいんじゃねぇのか?少なくとも俺よりは・・・」
「あんたがここに来たんだから、あんたでいいのよ。いいじゃない、少しくらい付き合ってくれたって」
「・・・ま、いいけどな」
 ゾロは、手すりにもたれて寝転がった。
「要するに、誰でもいいってことか」
「そういう訳でもないわよ。同じ夢を持って、同じ船に乗ってるあんたたちじゃなきゃ、こんなこと話さないわよ」
 そう言ったナミを、ゾロがまじまじと見つめる。
「なによ」
「いや、なんかおまえ、いつもと違うな」
「ん?」
「・・・ちゃんと女に見える」
「あのねぇ・・・」
 ナミの言葉を無視して、ゾロは瞳を閉じた。
「もう・・・」
 ナミはふっと溜め息をつくと、そのまま瞳を閉じる。風が、耳の横を通り抜けて、髪を揺らしていく。
「・・・聞こえる」
「え?」
 突然のゾロの声に、ナミは振り返った。ゾロは、瞳を閉じたまま呟いた。
「海の歌声・・・だな・・・」
 澄み切った空気に、その声はよく響いた。
「あら、なかなかロマンチックなこと言ってくれるじゃない」
 ナミが、ゾロに向かって悪戯っぽく笑う。ゾロは、頬を少し赤く染めると・・・暗闇でよくわからなかったが・・・、大きないびきをかき始めた。
「ごまかしちゃって」
「・・・うるせぇ」
 ゾロの呟く声に、ナミはもう一度小さく笑った。

ステテコダンスさんより


「いてっ!」
 頭に何かがぶつかって、ゾロは目を覚ました。いつの間にか、太陽は高く昇っていた。
 眠い目をこじ開けながら覗いた視線の先には、みかん畑から、こちらを見て笑うナミの姿があった。
「ナミ、てめぇ・・・」
 と、目の前に、みかんがひとつ転がっていた。どうやら、頭にぶつかったのはこれらしい。不思議そうにみかんを手に取るゾロに向かって、ナミが言った。
「それ、昨日のお礼」
「・・・あぁ」
 ゾロは、にっと笑ってみかんを太陽にかざしてみる。
「おい、ちょっと待て」
「あ?」
 そこにお約束のように現れたのはサンジ。
「何でおまえがナミさんに・・・」
「おお、美味そうなみかん!」
 そう言ってゾロの手からみかんを奪ったのはルフィで。
「あ、ルフィ、俺にもくれ、ナミさんの・・・」
「おい、それは俺の・・・」
 そうこう言って揉みあっているうちに、実験中のウソップに激突。火薬が一気に爆発する。
「げほっ!何すんだおめぇら!」
 甲板で騒ぐ男たちに、それをみかん畑から微笑ましく見守っていたナミが叫ぶ。
「みんなぁ!愛してるわよぉ」
 男たちが一斉に振り返る。
「何言ってんだ突然」
「ナミさーん!!」
「ナミ、悪いが俺には・・・」
「おう、俺もだナミー!」
 船は行く。夜中とは一転した、賑やかな海の歌声を聞きながら。同じ夢を抱いた仲間たちを乗せ、グランドラインへ・・・。


イラスト ステテコダンスさん
 暖房の効いた居間で、お茶を淹れている和葉の手を見つめる。
 長年幼馴染をやっていると、ごくあたりまえの光景だ。
 ごくあたりまえの光景の中で、少しだけあたりまえでないことを、あたかもあたりまえであるかのように、平次は呟いてみる。
「そういえば・・・・・・。今日ってお前の誕生日やっけ・・・」
 それを受けて、和葉もお茶を淹れながら答える。
「うん、そうやね」
 そう言ってから、和葉はふと、お茶を淹れていたその手を止める。
「・・・って」
 一呼吸入れると、平次の方を見つめて、和葉は言う。
「珍しいなぁ。平次がアタシの誕生日覚えてるなんて」
「ん・・・まぁな」
 いつも覚えてるけど、気恥ずかしいから言わないだけだ、と、平次は思う。和葉に催促されるまでちっとも覚えていなかった振りをして、和葉の「誕生日なんやから」というワガママに付き合ってやるのは、悪くない。
 それでも今年はちょっとだけ、それもごくさりげなく(本人談)、自分からアピールしてみたつもりだったが、やっぱり気恥ずかしい。
 その気恥ずかしさを隠すように、横目でじろっと和葉を見ながら、
「・・・んで、何が欲しいねん」
 と、平次はまた、ごくさりげなく(あくまで本人談)訊ねる。
 突然訊ねられ、和葉は言葉に詰まる。
「ん・・・とぉ・・・」
 急須を持ったまま、天井を見上げて考える。
 いつもは、ふと二人で通りかかった店の前で、「平次、今日何の日か知ってる?」などと切り出して、お目当てのものを買ってもらうのだが、平次の方から訊かれると、逆に困ってしまう。
 と、いうか、平次が自分の誕生日を覚えてくれていたというだけで、もう充分に満足なのだ。なんでもない振りをして(こちらも本人談)お茶なんか淹れているが、内心飛びあがりそうなくらい喜んでいることを、きっとこの目の前のジト目男は気づいていないんだろうなぁ・・・。
 たっぷり30秒間考えてから、和葉は天井を見上げたまま、ぽつりと呟いた。
「・・・工藤くん・・・」
「・・・は?」
 頭にぽっかりと大きなはてなマークを浮かべてから、平次は慌てて答える。
「あ、アカンで工藤はっ!姉ちゃんのもんやねんからっ」
 慌てている平次に、こちらは頭に大きなびっくりマークを浮かべて、和葉も慌てて返す。
「ちゃ、ちゃうって。そうやなくてっ」
 それから、和葉は、満面の笑みを浮かべて言う。こういうとき、大抵和葉がいいことを思いついたのではないということを直感的に知っている平次は、少し身構える。
「工藤くんみたいに、平次に気障なセリフ言うて欲しいっ」
「・・・・・・はい?」
 平次は顔をしかめる。何か聞き返そうとする前に、
「なんてな」
 と呟いて立ちあがると、和葉は台所の方へ行ってしまった。
 一人残った居間で、平次は考える。
 工藤新一・・・確かに彼は気障なセリフをよく吐いているけれど。・・・で、それを自分にも言えと?
 平次の頭に、「無理」という大きな二文字が浮かぶ。
 無理だろ。無理だ。うん、無理。
 頭の中で一人納得して、和葉の淹れたお茶を飲もうと湯飲みに手を伸ばしかけ、それからふと、その手を止める。
 ・・・せっかく、自分から誕生日のことを切り出して、和葉に欲しいものを訊いたのに、それを自分から却下するのか、服部平次っ。
 平次は湯飲みに伸ばしかけていた手を引っ込める。
 ・・・気障なセリフ・・・気障なセリフ・・・。
 ・・・・・・気障なセリフって、なんだ?
 確かに、新一の気障なセリフは何度となく聞いているが、それは推理をする前とかであって、女の人に言うような気の利いたセリフなど聞いた事がない。
 きっと、毎日、蘭にヤラシイ言葉を囁いてるんだろうなぁ・・・などと、平次は勝手に考える。
 腕組みをして、目を閉じると、平次はう~ん・・・とうなり始める。
 そこへ、台所からお茶請けの饅頭を持って、和葉が帰ってきた。腕組みをしている平次をぽかんと見つめ、「どうしたん?」
 と訊ねてみるが、返事はない。
 饅頭を持ったまま、平次の顔を覗きこみ、「お~い、平次く~ん?」などと呼びかけていると、平次ははっと目を開けた。
「和葉、ちょっと・・・」
 平次は、和葉の左肩に手を乗せると、耳を貸すように右手で手招きする。
 首を傾げながら耳を傾けた和葉に、平次は近づくと、耳元で囁いた。

「・・・HAPPY BIRTHDAY・・・」

 耳に息がかかったぞわ~っとした感じと、一気に頭まで上昇した体温に、和葉は思わず、持っていた饅頭を落とす。
 平次も、慌てて和葉から離れると、真っ赤な顔を隠すように、机に突っ伏す。
「・・・うわぁ、めっちゃ恥っ。これ、俺の気障の精一杯・・・」
 机にうつぶせのまま、平次は呟く。
 しばらくぼーっと突っ立ってから、和葉は思い出したように、「あれ、本気にしたんか・・・」と呟いて、落とした饅頭を拾うと、平次の横に座る。
「饅頭とお茶に気障なセリフって、全然似合わへんなぁ・・・」
 と、ごく平静に(しつこいが本人談)お茶をすすり始めた和葉に、
「うるさいわ・・・」
と一瞥した平次には、もちろん、和葉が今どれだけどきどきしているかなんて、知る由もない。  時計を見ると、もう午後3時を回っていた。
 今朝9時に事件の依頼で家を出てから6時間。
「・・・まあまあやな」
 一人呟きながら、平次は家路を急ぐ。コバルトグリーンのマフラーに包まって、バイクを走らせながら、「そういえば、バイク乗ってて、長いマフラー絡ませて窒息死した人がおった・・・」なんて考えて、平次はマフラーをもうひと巻きした。
 冷たい風を受けながら家に着いて、「帰ったでぇ」と呟きながら玄関の扉を開けて、靴を脱いで上がろうとしたとき、平次は「ん?」と一瞬立ち止まった。そこに、見慣れた靴がある。
 平次は迷う様子もなく、居間に通じるふすまを開けた。
「・・・なんでおまえがおんねん」
 こたつで丸まってテレビを見ていたのは、和葉だった。
「平次のおばちゃんが上がってって言うから」
 和葉はテレビを見つめたまま、答える。どこにでもありそうなワイドショー。女優のなんとかと脚本家の熱愛発覚とか、どうでもいいことを騒ぎ立てる。
「せやから、なんで家に来てんのかって訊いてんのや」
「遊びに来たったんやんか。そやのに平次いてへんから」
 和葉は当然のようにそう言うと、こたつに載っていたみかんを一つ取って、皮を剥き始めた。
「で、おかんは?」
「買い物」
 平次は少し溜め息をつくと、巻いていたマフラーを外してコートを脱ぐ。「さぶぅ」と呟いて、平次は和葉の隣りに潜り込んだ。
「事件やったんやろ?わりと早かったやん」
 そう言って、和葉はみかんを口に入れる。相変わらず、視線はテレビにある。
「まぁな、犯人、すんなり犯行認めたし」
「ふーん・・・」
 和葉は何となく視線を平次に移す。と、隣りでこちらを見ながら大口を開けている平次と目が合った。
「金魚かあんたは。自分で剥いてや」
 和葉はそう言いながらも、少し顔を赤らめてみかんを平次の口に放り込む。そのまま、和葉は視線をテレビに戻す。
「おおきに」
 平次は口をもごもごさせながらそう言って、自分もテレビの方を見た。さっきのニュースは終わっていて、今度はリフォーム計画だかなんだかをやっている。
 しばらく二人ともテレビを見つめていたが、やがて平次が呟いた。
「おもろいか?」
 和葉はしばらく考えて、ぽつりと答える。
「・・・わりと」
「そう」
 二人はまた、テレビを見ながらみかんを食べ始めた。
 平次は時々、和葉に視線を移してみる。それに気づいているのかいないのか、和葉はテレビから視線を外そうとはしなかった。
「なぁ、和葉」
「ん?何?」
 平次の呼びかけに、和葉がようやくこちらを向く。手には、本日七つ目のみかん。
「遊びに来たって言うたよなぁ。自分、何かやりたかったんとちゃうの?どっか行きたかったとか」
 平次は少し気になっていたことを、和葉に訊ねる。
「んー・・・そやね」
 はぐらかされたのか何なのか、和葉は気のない返事をした。それから、持っていたみかんを一つ、平次の口元に差し出す。平次は大口を開けてそれをもらうと、そのまま首を傾げた。
 しばらく和葉は黙っていたが、やがて、何かを思い出したように、平次の方を向く。
「・・・アタシ、平次と二人、こたつでテレビ見ながらみかん食べるの、嫌いやないで」
 和葉は平次を見つめたまま、そう言った。平次は、いっそう首を傾げる。
 意味のわかっていない平次に、和葉は「何でもないわ」と言うと、さっさと視線をそらした。
「鈍感男・・・」
 和葉は低い声で呟く。平次に聞こえないように。でも、聞こえてもいいかなくらいの期待を込めて。
「なんやねんおまえ。変なヤツ」
 聞こえているのかいないのか、平次はそう言うと、和葉が手を伸ばした八つ目のみかんを横から奪い取る。
「あーっ、何すんのぉ!」
「おまえ食べ過ぎや、アホ」
「ええやんか別にぃ」
 誰も見ていないテレビでは、いつの間にかドラマの再放送が始まっていた。 『ちょっと待った!!』
 いつもなら、用件を早口で捲し上げて相手に有無を言わせず電話を切る平次が、思わず受話器を持ち直したのは、電話の向こうから新一の叫び声が聞こえてきたからだった。
「・・・なんやねん」
『その誘い、パス』
 受話器の向こうから、新一の無機質な言葉が返ってくる。いつもならなんだかんだ言いながら(平次によって強制的に)誘いに乗ってくれる新一だっただけに、平次は受話器を持ったまま唖然としてしまった。クリスマスにトロピカルランドへ行こう(もちろん蘭と和葉を交えて四人で)という誘いだったのだが・・・。
「ええやんかぁ、せっかくのクリスマスやで?皆でぱーっと騒ごうや」
『・・・せっかくのクリスマスだから断ってんだよ』
 新一は、既に半分呆れたような口調で言った。
『平次くーん、忘れてませんかー?蘭が“新一”にクリスマスプレゼント選んでるの見て“早く元に戻りてぇ”とか言ってた去年とは違うの』
 新一は、一気に捲し立てる。
『今年は二人きりでクリスマスパーティーすることにしたんだ。だから悪いけど(本当は悪いとか少しも思ってないけど)、パス』
 そう、新一は、長かった黒の組織との戦いを終え、長かった小学生生活にも終わりを告げた上に、長かった片思い生活にも(見事)終わりを告げてしまったのだった。
『お前も早く和葉ちゃんに告白すればいいのに。“愛してる”って』
「そんなこと言えるかー!!」
 いつの間にか新一に言い包められて立場が逆転した平次は、思わずそのまま電話を切った。

 まったく工藤の奴・・・。お前と一緒にするなっちゅうねん。そんな似合わん事俺に言えるか。
 クリスマス・イヴ。高校では、今年最後のHRが行われていた。クリスマスが近づくにつれ、あのとき新一に言われた言葉を思い出してなんだか腹が立つ。
 ・・・ちょっと待て、その前に、なんで俺が和葉に告白せなあかんねん。
 恋愛に関しては人一倍鈍い平次の思考は、未だこの域から脱していないようである・・・。
「こらっ」
 後ろから担任の怒鳴り声が聞こえて、上の空だった平次は思わず顔を上げた。恐る恐る後ろを覗き見る・・・と、怒られているのは自分ではなく、斜め後ろの和葉であることがわかった。
「クリスマスで浮かれるんはわかるけど、先生の話終わるまでもうちょっと待っとってや」
 教室から笑いが漏れる。
 ・・・なんや?和葉の奴・・・。
 話を聞いていなかった平次は、訳がわからずそのまま前に向き直ろうとした。と、
「これはHR終わるまで先生が預かっとくから」
 そう言って、担任は和葉の手から何かを取り上げた。
 ・・・なんやあれ、編み物か?
 ちらりと見えたそれを、平次は肩越しに不思議そうに眺めていた。

「誰にプレゼントするんか知らんけど、早よ編まんとクリスマス終わってまうで」
「わかってますって。せやからHRの時間を使ってこうやって・・・いたっ」
 担任が和葉の頭をこつんと叩く。和葉は照れ笑いしながら、担任から編み物を受け取った。
 職員室から出ると、数人のクラスメイトが和葉に駆け寄った。
「もう、アホやなぁ。HRなんかに編んだりして。今日午後から空いてんのやから家で編んだらええのに」
「そやかて、編み物なんて初めてやから、てこずってしもて。昨日間違えてたとこがどうしても気になってな」
「だからって本人のおるとこで編まんでも・・・。服部くん見てたで」
「嘘っ。バレたかなぁ・・・」
「さあねぇ。そやけど、せっかく決心したんやから、頑張りや」
「もちろんっ。今年こそはこれ渡して平次に告白するって、決めてんからっ」
 そう、くすぶっている平次をよそに、和葉は平次に想いを伝えるべく、平次へのプレゼントを編んでいた。このことは、クラスの女子生徒には周知の事実で(HRの一件で大半の男子生徒も気づいたであろう)、“平次と和葉”という組み合わせはクラス公認であったことから(鈍いのは本人たちのみ)、味方は非常に多かった。
 手芸品店を幾つも回って何度も吟味した後、やっとのことで“平次に似合いそう”と買ったコバルトグリーンの毛糸で、和葉はマフラーを編んでいた。編み物に関してはまったくの初心者で、多少歪んだ編み目はご愛嬌・・・。なんとかクリスマスに間に合うかというところまで作り終え、“イニシャルでも入れてみようかな”なんて考えていた矢先、担任に没収されてしまったというわけである。
「はぁ・・・。せやけど、人生の大きな分かれ道や。フラれたらもう平次とは上手く喋られへんかも知れんし・・・。平次、他に好きな子おったりしたら・・・」
 それは絶対にないっ!と心の中で大きく首を振りながらも、クラスメイト達はかわるがわる和葉に声をかける。
「ま、当たって砕けろって言うし。なぁ」
「砕けたら嫌やぁ・・・」
「完全に恋する乙女やね。可愛いわー。アタシ和葉に告白しちゃおうかなー」
「もぉっ!からかわんといて・・・わっ」
 真っ赤になりながら教室に入ろうとしたとき、和葉はちょうどドアのあたりで誰かにぶつかった。
「ごっめーん!」
 そう言って顔を上げた和葉の前にはよく知った顔が・・・。
「へ、平次っ」
 和葉は慌てて編み物の袋を後ろに隠したが、時既に遅し。平次は和葉が隠した袋をちらっと見ると、不機嫌そうに言った。
「別に隠さんかてええやんか。編み物なんか始めて。好きな奴にでもあげるんかいな」
 いきなり平次に核心を衝かれ、和葉は言葉を濁らせる。
「あ、えーと・・・、これは・・・」
 と、和葉が何か言う前に、平次が和葉に言った。
「誰にやるんか知らへんけど、似合わんモン作りよって。もらった奴が気の毒やわ」
「・・・え?」
 今、なんて・・・?
 和葉は思わず、平次を凝視する。
「せやからぁ、そんなん誰もいらへんて言うてんのや!」
 平次は思わず、大声で怒鳴りつけた。その途端、(言うまでもなく)平次の左頬が赤く染まる。
「ったー・・・」
「平次の・・・、アホーーーーーーっ!!」
 ヒリヒリする右手を握りしめ、和葉は廊下を駆けていった。
 平次がこの場にいた女子生徒全員の顰蹙を買ったことは、言うまでもない・・・。

「・・・和葉の奴・・・」
 自分の部屋のベッドに寝転がると、平次は天井に向かって呟いた。
 自分が悪いのはわかっている。わかっているのだけれど、なぜだか謝りたくない。和葉が、HRの時間に担任の目を盗んでまで誰かに渡すプレゼントを編んでいたかと思うと、なんだか腹が立つのだ(もちろん彼はこれが嫉妬であるなどと思っているはずがなく、ましてや和葉が編んでいたのが自分へのプレゼントだなどと思うはずもない・・・)。
「・・・和葉の奴・・・」
 何十回目かに同じセリフを呟いたときには、既に夜になっていた。
 ふいにあたりが静かになったような気がして、平次は窓の外を見た。開けたままのカーテンの向こうで、ちらりちらりと舞っているものが見える。
 ・・・ホワイトクリスマスっちゅうやつか・・・。
 平次はしばらく窓の外を見つめていたが、やがて勢いよくベッドから体を起こすと、「さてと・・・」と誰に言うでもなく呟いて、家を飛び出した。

「雪、降ってたんかぁ・・・。道理で寒いと思った・・・」
 窓の外を見つめながら、和葉は呟いた。
 ・・・マフラー、こんな日に巻いて欲しかったんになぁ・・・。
 昼間の出来事を思い出して、和葉は俯いた。
 ・・・告白する前に、フラれてしもた・・・。
 こちらも平次に負けず劣らずの鈍感である。
 と、二階から見下ろした路地から、こちらへ歩いてくる平次と目が合った。
 へ、平次・・・!
「和葉っ」
 和葉に気づいた平次が慌てて駆けてくる。和葉は思わず、カーテンを閉めて陰に隠れた。
「おい和葉!」
 外から平次の叫び声が聞こえる。
 ・・・なんやの・・・、一体・・・。
「昼間のこと謝りに来たんや。俺が悪かった!」
 顔を合わせれば喧嘩(もとい漫才)ばかりの二人なので、突然素直に謝ったりされるとなんだか気恥ずかしくなってしまう。あたりが静かなせいか、普段でも大きな平次の声は余計に大きく響く。和葉は思わず、カーテンの中に包まってしまった。
「和葉!」
 そんな和葉の様子を見て、平次がもう一度声をかける。
「もぉ!恥ずかしいからそない叫ばんといて!」
 カーテンを勢いよく押しのけて窓を開けると、和葉が平次に向かって叫んだ。
「自分かて叫んでるやん・・・」
 平次、こういうときでもツッコミは忘れない。
「うるさい!!用が済んだんならさっさと帰って!」
 そう言ってまた窓を閉めようとした和葉に、平次は慌てて声をかける。
「ちょっと待て!まだ終わってへんわ。人の話は最後まで聞けや!」
「なんやの!言いたいことあるなら早く言うて!」
 こうなるともはや近所迷惑である(但しいつものことなので周辺住民はさほど驚かない)。
「昼間言うたこと、本心やないからな!」
「へ?」
 予想外の言葉に、和葉は返す言葉に詰まる。平次はそのまま言葉を続けた。
「なんや知らんけど、お前が俺以外の男にプレゼント編んどると思うと腹立つんや。せやからそんなことやめてしまえばええ思て、あんなこと言うたんや」
 ・・・は?
 和葉は、文字通り目が点になっている。
 それって・・・。
「・・・嫉妬?」
 ・・・おまけに自己中心的。
「アホかっ!」
 平次、ツッコむべきところを間違っている上に、自分の感情がなんなのか未だわかっておらず。
「せやからこうやって謝りに来たんや。俺の言うたことなんか気にせんでええから、お前はプレゼント渡して来ぃ!和葉の作ったモンなら喜んでくれるで」
 ・・・そんなこと言われてもなぁ・・・。
 和葉は雪の中こちらを見つめて立っている、本来プレゼントを受け取るべき男をじっと見つめ返す。
 ・・・アホはどっちや・・・。
「平次ぃ」
 和葉は平次に声をかけると、二階から平次に向かって何かを投げつけた。ふいのことで、顔面直撃して地面に落ちたそれを、平次が雪の中から拾い上げる。
「これは・・・?」
 平次が拾ったのは、ぐちゃぐちゃになった毛糸の玉だった。
「平次のアホぉのせいで純粋な乙女心を傷つけられた和葉さんは、今まで編んだ毛糸を全部ほどいてしまいましたとさ」
「なっ・・・」
 それを聞いて大慌てする平次。
「なんやてっ!お前、そんなボケかましとる場合とちゃうやんっ。ホンマ、ごめんっ、和葉!俺が悪かった!間に合うかわからへんけど、もう一回編んだってや!・・・お、俺も手伝うか・・・?」
 外でおろおろしている平次に、和葉は思わず吹き出した。
「アホ平次。冗談や冗談」
「じょ、冗談・・・?」
 頭の上に今度はふわりと降ってきた物体を、平次は地面に落ちる前にキャッチする。不器用に編まれた、コバルトグリーンのマフラー・・・。
「さっきのはいちばん最初に編んで失敗した毛糸。ホンマはちゃんと最後まで編んでん」
 それを聞いて、平次がほっと溜め息をつく。
「脅かすなや・・・。ほんならこれ、渡しにいかんと・・・」
 言いかけた平次の目に、あるものが映った。マフラーの端の方に、ブルーの毛糸でイニシャルが編まれている。
「“H.H”って、これ・・・」
 平次は思わず、大きく目を見開いて和葉を見つめる。
「そんなスケベなイニシャル、アタシの周りに他におると思う?」
 和葉は頬を赤らめながらも、意地悪そうに笑う。
「アホ、スケベは余計や・・・」
 ツッコミを返す平次の声も、最後の方は途切れ途切れで、じっとマフラーを見つめている。
「せやけど・・・」
「けど・・・?」
 次の瞬間、平次は満面の笑みで和葉に答えた。
「めっちゃ嬉しいわ」
 せやからそんな突然素直に言われると恥ずかしなるやんか・・・。
 和葉は思わず、またカーテンで顔を隠した。
 平次はマフラーを首に巻くと、満足したように一人頷く。
「うん。めっちゃあったかい。これでもうちょっと上手く編めてたら最高やねんけどなぁ」
 その言葉に、和葉が反応しないはずもなく。
「そりゃ悪かったなぁ。外は寒いやろうから家に入れたろか思たけど、やーめた」
「嘘です和葉お嬢様ぁ!どうかこの愚か者を家に入れて暖かいミルクを一杯!」
 和葉は少し考えて、
「せやなぁ・・・、お願い聞いてくれたら入れてあげてもええけど、平次には絶対無理やからやっぱりあかんわ」
「そんなこと言わんと。なんや、お願いって」
「せやから、絶対無理やから言わへんて」
 そんなことを言っている間にも雪はどんどん降り積もり、和葉は「しゃあないなぁ」と笑いながら階下へ降りる。どうやらこの二人も、“二人きりのクリスマス”、くらいは過ごせそうである。が・・・。
「で、お願いってなんやねん」
「さあな。もう忘れてしもたわ」
 アタシの気持ちどころか、自分の気持ちさえもわからへんような鈍感男やから、もしかしたら一生無理かも知れへんけど・・・。
 和葉は思う。いつか、平次が自分だけを想ってくれる日が来たら・・・と。我侭なお願いだけれど・・・。
 そして、いつか聞いてみたい。似合わない顔して、彼の口から告げられる・・・、

 最高の、“愛してる”。


何だってこんな不器用で 遠回りしてしまうんだろう
いつだってこんな自分を 責めてばかりいたんだ

あの手この手考えてみたけど
チープなやり方じゃ 物足りない感じ

心が伝えたがる Special Holynight
誰よりも近くに感じて欲しいよ
少し無理めなお願いをきいて
浮かれた気分に乗っちゃって 愛を語ろう

寒空にキラキラ 街の灯が二人をつつむ
空いた心は素直
単純に温もり求めて君に手を伸ばす
数え切れない程の未来描いて
少しずつ少しずつ形にしてゆくんだ


上原あずみ「Special Holynight」(上原あずみ「無色」GIZA,INC.)
「急な依頼が入っちゃってさ、今日も行けそうにないんだ」
『うん、大丈夫。また暇なときに誘ってくれる?』
 電話の向こうからは、いつもと同じ明るい声が聞こえてくる。
 コナンから新一に戻り、黒の組織が壊滅。・・・あれから2年、新一は、高校生探偵だったころ以上に多忙な日々を送っていた。今日も朝から電話は鳴りっ放しで、携帯電話からやっとかけた蘭への電話も、早々に切り上げなければならなかった。
 電話のベルに少しいらつきながらも、事件と聞けば足を運ばずにいられないところが探偵としての悲しい性分で・・・。蘭が落ち込んだり怒ったりしないことだけが新一の唯一の救いだった。

 夜遅く、事件を解決して、新一は家に帰ってきた。ジャケットを放り投げると、自分もソファに体を投げ出す。
 今日は難事件だったな。だけど、この工藤新一にかかればあんな事件・・・。
 思い返して、少し顔がにやける。
 ・・・蘭に電話してやらなきゃ。
 新一はソファから体を起こした。とそのとき、電話のベルが鳴り始めた。
「・・・もしもし?」
『新一?私だけど』
 グッドタイミング。
「おう、蘭か。俺も今電話しようと思ってたところなんだ」
『ホント?気ぃ合うわね』
 ふいに、言葉に訛りが混ざる。新一はピンときた。
「・・・お前、和葉だろ・・・」
『な、何言ってんのくど・・・新一』
 電話の向こうで慌てているのがわかりやすいほどわかる。
「・・・イントネーション違うんだよなー。何でばれないと思うかなー」
 コナンから新一に戻ったとき、「ネタに使えそう」などと言って喜び勇んで変声機を(半ば強引に)持っていった大阪二人組は、ときどき蘭や新一にこういったいたずら電話をかけてくる。但し、新一が忙しいことは知っているので、昼間には絶対にかけてこない(あまり夜遅くに電話してくるのも考えものだが・・・)。
『アタシもまだまだ修行が足らへんわ』
 電話の向こうから、和葉の声がする。
「だいたい蘭は仕事用の電話になんかかけてこないんだよ」
 言ってから新一は、ふと思う。
 そういえば最近、蘭から電話がかかってこない・・・。
 新一は、蘭と自分専用の携帯電話を取り出すと、着信履歴を見た。蘭からはかかってきていない。いつも、新一から蘭にかけるばかりだ。事件の話をしたり、デートの約束をしたり(最近は忙しくて約束もあまりできない)、仕事が入ってそれをキャンセルしたり・・・。
『工藤くん?聞いてんの?』
「あ・・・ああ、悪い」
 和葉の声に我に返る。
『まぁ、しゃあないわな。工藤くん、探偵業忙しいんやろ?疲れてるとこ電話してごめんな』
「あ、いや、全然そんなんじゃないから。それよりそっちはどうなんだよ。服部も忙しいんだろ?」
『平次なんて工藤くんに比べたら暇なもんやで。・・・あ、平次怒った?』
「そこに服部いる・・・」
 新一が言い終わらないうちに、電話の向こうから不機嫌な声が聞こえてきた。
『おい工藤、俺かてお前に負けんくらい忙しいんやからな。お前と肩並べる西の名探偵やぞ』
「はいはい・・・」
 こういうときは、下手に何か言わないほうがいい。「勝負や」とか言い出して振り回されるのがオチだからだ。
『和葉もいっつも事件現場についてきよるんや。もうこっちはかなわんわ』
「おいおい、仕事中にまで一緒にいるのかよ」
『俺が依頼入ったから行ってくるわ言うと、必ず“ほんならアタシも”って無理矢理』
 電話の向こうで、「だって平次放っとくと何やらかすかわからへんもん」と声が聞こえる。
『それに引き換え、お前んとこの姉ちゃんは素直でええ子やなぁ。いっつもちゃんと待っとってくれるんやろ?』
「あ、ああ・・・」
 そう、蘭はいつも、何も言わない。何も言わないから、安心してた。でも・・・。
“いっつもちゃんと待っとってくれるんやろ?”
 なぜだか引っかかる。俺は、蘭のこと、待たせてる・・・?
『おい、工藤?』
「あ・・・」
 また上の空になっていた。
『どないしたん?姉ちゃんとなんかあったんか?』
「いや・・・。それよりお前ら、なんだかんだ言ってのろけてんだろ」
『あ、わかる?』
「もう切るからな。明日も早いんだ」
『あ、工藤・・・?』
 平次が何か言う前に、新一は、ぶっきらぼうに電話を切った。しばらくそこに佇んで動けないまま、新一は考える。
“蘭に待ってて欲しいんだ”
 あれから、自分はこうして、新一として蘭の元へ戻ってきた。それで、約束を果たしたと思っていた。それなのにいつの間にかまた、蘭に淋しい思いをさせている?近くにいるから安心していた。もう離れることはないと。それなのに、いつの間にか心はこんなにも離れている・・・。
 最近ずっと、蘭に会ってない。
 そうだ、キャンセルするのはいつも自分で。待たせているのは、いつも、自分で・・・。
 新一の頭の中を、ひとつの想いがよぎった。
 蘭に会いたい。
 アイタイ・・・。
 新一は、携帯電話を握りしめる。そして、この携帯電話にひとつしか入っていないメモリ番号を押す。呼び出し音が鳴り始める。胸の鼓動が響く。呼び出し音に重なって、そして・・・。
『もしもし?』
「あ・・・」
 この声を聞くといつもほっとする。
『事件解決したのね。どうだった?今日は』
 いつものように明るく、蘭が訊ねる。その裏でいつも淋しい思いをさせていたことも知らずに、自分は事件の話ばかりしていた。
「あのさ、蘭・・・」
『・・・え?』
 新一のいつもと違う様子に気づいたのか、蘭の声に緊張が走ったように思えた。
「蘭、俺、自分のことしか考えてなかった。近くにいるから、安心してた。蘭に甘えてた」
『新一・・・』
 しばらくして、蘭は搾り出すように言った。
『・・・うん・・・、そう・・・、だね』
「蘭が心配かけないように明るくしてたことにも気づかなかった」
『・・・うん』
「もう、離れることはないはずだったのに、いつの間にかこんなにも離れてた」
『・・・うん・・・』
「だから・・・」
 新一はひとつ、大きく深呼吸すると言った。
「俺、今、すごく、・・・蘭に会いたいんだ」
 あたりが急に静かになったように思えた。新一は、ごくりと唾を飲み込む。
 やがて、電話の向こうから、蘭の優しい声が聞こえてきた。
『これで、最後にするから。もう、二度と言わないから』
 そして蘭は、ゆっくりと言った。
『待ってる』
 その途端、新一は、受話器を握りしめたまま家を飛び出した。そして、一直線に蘭の家へと向かう。通いなれた道が、やけに遠い。
 地面を蹴る足音と、胸の鼓動が響く。ただ、そんなものはどうでもよかった。蘭に会いたい。それだけ。
 四つ角を曲がると、蘭の姿が見えてきた。新一は懸命に走る。蘭もゆっくりと、こちらに向かって歩いてくる。蘭の前で、少し立ち止まる。そのまま一瞬だけ、二人は見つめ合った。
「蘭・・・」
 次の瞬間、新一は蘭を抱きしめていた。きっとずっと、待ち望んでいたはずの、その瞬間。
「待たせて、ごめん」
 もう二度と、待たせたりしない。
 そう言う代わりに、新一は蘭を一層強く抱きしめる。そして・・・。
「くどーおっ!」
 そして・・・?
 二人は思わず、声のする方へ振り返った。すると、
「服部?」
「それに、和葉ちゃん」
 そう、そこにいたのは、つい先程まで電話していたはずの大阪二人組。
「お前ら・・・、なんで?」
「さっき電話したときに東京来てるって言おう思てたのに工藤くんすぐ切ってしまうから」
「なんや上の空やったから心配して急いで来てみれば、こういうことかいな」
 平次がにやりと笑う。
 ・・・わかってんなら邪魔するんじゃねぇよ。
 新一は心の中で舌打ちする。
「ほんなら酒買うてきたから、みんなで酒盛りしようや」
 そう言ってさっさと蘭の家に上がりこもうとする大阪二人組。
「おい、お前ら勝手に・・・」
 二人に背中を押され、強引に家の中へ連れ込まれてしまう新一と蘭。

 二人だけで過ごす時間は、まだまだ訪れそうにないのだった・・・。 「和葉!?」
 外は雨。どんよりとした、ぱっとしない一日。
 突然の玄関のベルに新一が扉を開けると、そこにいたのはびしょ濡れになった和葉だった。
「あー、よかった。工藤くんおって。ちょっとあがらして」
 いつもの笑顔で和葉が言う。そのまま家に入ろうとする和葉を、新一が慌てて制した。
「ちょっと待て。今タオル持ってくるから」
「あ、そりゃそうやな」
 和葉が自分の格好を見て頷く。そのまま、タオルを取りに行った新一の背中に向かって言う。
「蘭ちゃんのとこ行ったんやけど、誰もおらへんくって。ほんで工藤くんとこ向かってたら急に雨降り出すから」
「あぁ、蘭なら、今日は家族で出かけるって。夕方にはここに寄るから待ってろって言われたけど」
 そう言いながら、新一が戻ってくる。
「あそこの家族、結構うまくいってるんやん。でもあれやな。こんな雨になってしもて、残念やんな」
「いいんじゃねぇの?蘭にとってみれば、雨か晴れかなんてどうでもいいんだよ。家族一緒にいられればね。はい、タオル」
「ありがとぉ。やっぱ工藤くんは、蘭ちゃんのこといちばんに考えるんやな」
 和葉はそう言って、新一の顔を覗き込むとにやっと笑った。
「バーロー。からかうんなら家に入れねぇぞ」
「はいはい、もう言わへんて。ほんなら、おじゃましまーす」
「・・・ったく」
 和葉が笑いながら玄関にあがる。新一はひとつ大きな溜め息をついた。
「風呂場にTシャツとジーパンが置いてあるから、着替えてこいよ。オレはコーヒー入れるから」
 新一は不機嫌そうな顔で(実際不機嫌だったのかもしれないが)言ったが、和葉はいっこうに気にする様子もなく、
「ありがとぉ」
 そう言ってさっさと風呂場に行ってしまった。
 コーヒーを入れながら、新一は風呂場にいる和葉に聞こえるようにわざと大きな声で言ってみる。
「ったく、服部といいおまえといい、なんで連絡もなしに突然現れるんだよ」
「ええやん。どうせ暇やったんやろ?それにほら、平次みたいに男臭いのが来るより、アタシみたいに女が来た方が工藤くんも嬉しいやん?」
 和葉のノーテンキな声が返ってくる。あれはつっこみなのだろうか。それとも天然ボケなのだろうか・・・。
「どっちが来たって同じようなもんじゃねぇか・・・」
「何か言うたぁ?」
「何でもねぇよ!」
 和葉は、鼻歌を歌いながらジーパンを履くと、裾を折り曲げる。
 ひと巻き・・・ふた巻き・・・。
「なぁ、工藤くん?」
 着替え終わった和葉が、扉の向こうからそっとキッチンを覗く。
「何?」
「工藤くんって、平次より足短いんやな」
 そう言いながら、和葉は右足を伸ばしてみせる。
「おまえそれ墓穴掘ってる。つまり服部のジーパンも履いたことあるんだ」
「あ、なんやの今日は。痛いつっこみするやん」
「いつも言われてばっかで終わると思うなよ」
 そう言って新一はにやっと笑う・・・が、
「結局負けず嫌いなんや・・・」
「・・・」
 和葉の一言には敵わないのだった。
 和葉はリビングのソファに座ると、新一の入れたコーヒーを飲んだ。
「おいしー。生き返ったわぁ」
 そんな和葉の隣りに座ると、新一は和葉を横目で睨む。
「んで?何しに来たんだよ」
「なんよ、つれないなぁ。アタシはただ、蘭ちゃんや工藤くんに会いとぉて来たんや」
 そう言って和葉はにこっと笑う。新一はがっくりと肩を落とした。
「和葉・・・おまえ、言い訳の仕方が服部とまったく同じ・・・」
「あ、ホンマ?それって喜んでえぇんかようわからんわ」
 和葉はコーヒーをもう一口飲んだ。
「で?何で来たんだよ。服部と一緒ならともかく、おまえが一人で来るなんて、絶対何かあるんだろ?」
「工藤くんって変なとこで鋭いんやな」
 大きなお世話だ・・・。
 新一は突っ込みを入れようか迷ったが、あえて何も言わずに続けた。
「服部と喧嘩でもしたのか?」
「ううん。してへんよ」
「じゃあ、何で?」
「そうやなぁ。工藤くんも身に覚えあるんとちゃう?」
「は?」
 思わぬところで自分に矛先を向けられて、新一は身じろぎした。
「な、何が?」
 新一は恐る恐る訊ねる。
「例えばな、どっか出かける約束するやろ?ところがそこに事件やっちゅう連絡が入ったら、アタシのことなんかほっといて事件現場に直行や」
 ちくっ。
「ほんでこっちはお守り握りしめて待っとんのに、向こうは帰ってきたと思ったら『おまえ何やっとるん?』って」
 ぐさっ!
「あ、そやけど、そっちとこっちやったら状況違うか。そっちは恋人同士、こっちはただの幼馴染やしな。工藤くんは、蘭ちゃんにそんなことせぇへんか」
 ざくっ!!
「ま、まあな・・・」
 新一は、そう言いながら、胸を押さえて蹲る。
「どうしたん?」
「いや、別に・・・」
 つっこみか・・・天然ボケか・・・。
「ほんで、いっつもこっちが心配するばっかりってなんか癪やんか。そやから今度はアタシが平次を心配させたる!!!って思って。今日遊びに行く約束しててんけど、すっぽかしてきたんよ」
 和葉の背後で、何かが燃えていた。
「だからって東京来るなよ・・・」
「そやかて、友達ん家とかおってすぐ見つかってしもてもおもしろないし。ここやったらそう簡単には見つからへんやろと思ってな」
 そこまで言ってから和葉はふっと溜め息をついた。
「そやけど、今ごろになってなんやアホらしなってきたわ。大体平次がアタシのこと心配してくれるわけないもんな」
 和葉はソファに体を投げ出した。新一が和葉を横目で見る。
「・・・どうでもいいけどおまえすっげー無防備。ここ一応男の家・・・」
「大丈夫やて!工藤くんが蘭ちゃんしか見てへんことはわかってるから」
 そう言って和葉は、笑いながら新一の肩をぽんと叩く。
 服部・・・、はやくこの女どうにかしてくれ・・・。
 と、そのとき、玄関のベルが鳴った。新一が面倒くさそうに玄関の扉を開ける。そして・・・。
「和葉・・・」
 新一がリビングを覗き込む。
「ん?何?」
「服部・・・来てる」
「嘘!もう来たん??」
 和葉はリビングから玄関を覗く。そこには、息を切らした平次が立っていた。
「ホンマに来てる・・・」
「ほら、はやく行ってやれよ」
 新一が、和葉の肩を押す。
「・・・今の、『おまえはやく帰れ』ってのも入ってるやろ・・・」
「は・・・入ってないって」
 新一、苦笑い。
 和葉は玄関に出ると、嬉しさを隠して言ってみる。
「平次やん。どうしたん?」
「どうもこうも、おまえが約束の時間になっても来ぇへんからやなぁ!」
「約束?あぁ・・・」
 あくまで白を切る和葉に、平次がぽつりと言う。
「・・・帰るぞ・・・」
「平次・・・」
 そんなふうに、顔を少し赤らめながら照れくさそうに言われると、これ以上何も言えなくなってしまう。
 アタシがどうしてここに来たのか、このアホにはわかってるのかどうか・・・。でも、ま、ええか。
 和葉は黙って頷いた。
「そやけど、ようわかったな。アタシがここにおるって」
「・・・そんなもん・・・勘や勘!」
 アホ。おまえの事くらい、すぐわかるわ・・・。
「それよりおまえ、はよこれに着替えぃ」
 そう言って平次は、和葉に紙袋を差し出した。
「・・・?」
「東京は雨や言うてたから、おばちゃんから預かってきたんや。・・・人のもん着てんなや・・・」
「あ、それってもしかしてやきもち?」
「アホ。そんなんちゃうわ・・・」
 にやっと笑う和葉と、顔を赤らめる平次。それを羨ましそうに(!?)見つめながら、新一は思うのだった。
 蘭はやく帰ってこねぇかなぁ・・・。
「ありがと。ほんなら着替えてくるわ。工藤くん、お風呂場借りるで」
「あぁ・・・」
 スキップをしながら風呂場へ向かう和葉。ふと振り返る。
「あ、そうや平次。安心しぃや」
「・・・?」
「平次の足は工藤くんより長いでぇ!」
「は・・・?」
「おまえ、それ言うなって・・・」
 平次が、ふうんとにやけながら新一を見る。
「な、なんだよ・・・」
「別にぃ」
 そう言いながらなおも新一を見ている平次に、新一は思わず叫ぶのだった。
「おまえら、さっさと帰れー!!!」
 と、そこで、新一の携帯電話が鳴る。
「はい、工藤です。・・・目暮警部、どうしました?・・・」
「工藤、事件か?」
「あぁ、米花博物館で殺人事件だ」
「おっしゃ、オレも行くで!!」
 颯爽と駆け出す二人。
「・・・へ?」
 和葉が風呂場から出てきた頃にはもぬけの殻で・・・。
「ちょっとあんたら、全然わかってへんやん!!!」
 和葉の叫びは、工藤家に虚しくこだまするのだった。

 数日後・・・。
「ほんなら北海道あたりええんちゃう?」
「うん。いいかも。思い切って海外なんてどう?」
「そうやな。今度こそ、あの二人をぎゃふんと言わせたるで!!!」
 海外逃亡を企む二人がここにいようとは、新一と平次は微塵も気づいていないのだった。このときは・・・。 「・・・誰かぁ、助けてくださーい・・・」
 下校途中、小さな声が聞こえて、新一は思わず立ち止まった。
 耳を澄ましてみると、それは、ごみ捨て場に置いてあった空き缶の中から聞こえてくるようだ。なぜか、空き缶のフタのところにはガムテープが貼ってある。
 新一は、窮地に追い込まれたようなその声を放っておくのもどうかと思い、ガムテープを剥がしてみた。
 と、空き缶の中から、ぴょんと何かが飛び出した。
 服部・・・!?
 新一は直感的にそう思った。出てきたのは、服部平次にとてもよく似た小人だったのだ。
 しかし小人は、空き缶の上に立つと言った。
「助けてくださってありがとうございました。あなたは命の恩人です」
 服部が標準語しゃべってる!!!???
 新一は、くらくらする頭を必死で押さえた。小人はなおもしゃべり続ける。
「実は、いたずらっ子の小学生たちにここに閉じ込められて困っていたのです。誰かがきっと助けてくださると信じていました」
 新一はだんだん歯がゆくなってきた。あの、標準語話せって言ったって絶対無理であろう男にとてもよく似た小人が、標準語で(しかも敬語使って)話しているのだ。
「助けていただいたお礼に、あなたの願いを何でもひとつだけ叶えてさしあげ・・・」
 もう、我慢できねぇ・・・!!
 小人が言い終わらないうちに、新一は叫んだ。
「頼むから関西弁でしゃべってくれ!!!!!」

「・・・ほな、さいなら」
 そう言うと小人は、何事もなかったかのように姿を消してしまった。  目が覚めた。まだ、辺りは真っ暗で、月明かりがレースのカーテンの隙間から差し込んでいた。しかしそこは、見慣れた場所ではなかった。
「どこ?ここ・・・」
 哀は呟いた。辺りを見回して、それからベッドから降りると、窓際へゆっくりと歩いていく。窓の外もやはり、見慣れた景色ではなかった。
 いつも通り、眠りについたはずだった。阿笠博士の家、少し大きめの、しかしふんわりと柔らかいベッドで。
 哀は、部屋の真ん中に立ち、もう一度辺りを見回した。先程よりも、視界が開けて、いろいろなものが見える。子供用の小さなベッド(そこは先程まで哀が眠っていた場所だった)、フランス人形が飾られたサイドボード、リボンやブローチの置かれた鏡台、そして、小さな木馬・・・。
 そのとき、木馬が静かに動き始めた。と同時に、背後からふわりと風が吹き抜けて、哀は思わず窓の方へ振り返る。閉まっていたはずの窓が開いて、カーテンが大きく舞い上がった。
「・・・何!?」
「驚いた?」
 背後から聞きなれた声がする。哀の視線は、先程の木馬に胡座をかいて座っている少年に注がれた。
「・・・工藤くん?」
 細身の体に整った顔立ち、そして鋭く光る瞳。哀のよく知り得ている人物に、少年はとてもよく似ていた。しかし、彼は木馬を揺らしながら答える。
「何を訳のわかんねぇこと言ってんだよ。・・・なぁ、それよりおまえ、俺の影知らねぇ?」
 哀は冷静に頭を働かせる。茶色の服に、茶色の帽子(小さな赤い羽根が刺してある)を纏った少年。すぐに、結論に達した。
 ・・・夢だわ。しかも、とても馬鹿げた・・・。
 哀は、ひとつ小さな溜め息をつく。
 そして、多分・・・。
「あるとすれば、その鏡台の引出しの中ね」
 少年は、引出しのひとつを開ける。中から、黒く透き通った布のようなものが出てきた。
「おぉ、これこれ!」
 彼はそれを広げると、自分の足にくっつけようとした。しかし、それは一向にくっつく気配がない。
 こんな馬鹿げた夢に、付き合えっていうの?
 哀はそう思いながら、ベッドに座ってしばらく少年の様子を見ていたが、やがて、諦めたように立ち上がった。
「待ってて。今、針と糸を探すから」
 そうして、引出しのひとつから裁縫道具を見つけると、少年の靴に影を縫いつけてやる。やがて、影は、少年に合わせて動き出した。
「すげぇなおまえ。ありがとな」
 そう言いながら部屋中を飛び回る彼の瞳は、事件を追っている時の“あの人物”の、好奇心に溢れた瞳そのものだった。しかし、ここにいるのは彼ではない。哀の夢の中で作り出された、・・・虚像。
「で?これからどうするの?ネバーランドにでも連れてってくれるつもり?」
 哀は、少年に向かって皮肉めいた口調で言った。飛び回っていた少年が、驚いた表情で哀の方を見る。
「何だおまえ?名探偵か?おまえ一体・・・」
「そうね・・・。あなたがピーターパンだっていうのなら、私はウェンディみたいよ・・・」
 そう言った自分が、なんだか惨めになってくる。
 私、一体何をしたいって言うの・・・?
 なぜ、こんな夢を見ているのだろう。諦めたはずだった。彼が元の体に戻ったそのときに。彼をずっと待ち続けていた彼女の元へいくのが、彼の幸せだとわかっていたから。好きになってはいけない・・・。わかってた。わかってたはずなのに・・・。
「じゃあ、ウェンディ。おまえの言う通り、行くぜ。夢の島に」
 少年が、哀の手を引く。しかし、哀は動かなかった。
「・・・?どうした?」
「ねぇ。どうして私はウェンディなのかしら・・・」
「・・・?」
 哀は嘲笑した。
「あなたにはあの人がいるはずなのに。こんなの、私のエゴだわ。私にはそう・・・、ティンカーベルなんかがお似合いね」
 夢の中でも、素直になれない私・・・。
「ウェンディに嫉妬して意地悪ばかりして、でも結局ウェンディになんか敵うわけないの。私にぴったりじゃない?」
 少年が、哀の顔を心配そうに覗き込む。
「ウェンディ・・・?」
「私は可愛くなんかなれない。あなたと一緒には行けない」
 どうしようもなく怒りが込み上げてくる。
 私は孤独(ひとり)。夢の中でも、私はこんな私でしかあり得ないの?
「・・・帰って。帰ってよ!」
 そのとき、哀の言うことを制するように、少年が叫んだ。
「だけど俺が迎えに来たのは他の誰かじゃない!おまえなんだよ」
 哀ははっとした。少年はそのまま、哀の肩に手を置く。
「俺はおまえと行くために来たんだ。・・・灰原・・・」
「・・・え・・・?」
 確かにそのとき、少年は、哀が待ち望んでいた“彼”だった。似ている、だけど違う、哀の本当に求めていたもの。ほんの、一瞬・・・。
「ここはおまえの夢の中。なんだって出来る。今ここにティンクがいないことも、おまえの意思だ。おまえを阻むものは何もない。いくらでも、可愛くなれる」
 少年はそう言って、哀の顔を覗き込んだ。
「馬鹿ね・・・」
 そう言って哀は、少し笑った。
 きっと、誰かに言ってほしかっただけ。“おまえのために”、“おまえだけのために”・・・。そう言ってほしかっただけ。必要とされたい。孤独(ひとり)になんかなりたくない。それは我侭・・・?
 私だって、可愛い女の子になりたい・・・。
 ここは私の夢の中。彼がああ言ったことも、私の意思に過ぎない。すべてが幻・・・、虚像。それでもいい。自分を救えるものが、結局自分でしかないとしても・・・。
「馬鹿ね・・・」
 哀の瞳から、涙が溢れた。
「さあ、ウェンディ」
 そう言って、少年はもう一度哀の手を引いた。哀は、小さく頷く。
「おまえが望むなら、空だって飛べる。妖精の粉なんかなくてもな」
 カーテンがふわりと揺れる窓から、二人は飛び出した。まだ見ぬ世界、哀の作り出す、虚像という名の夢の島へと。
 夢でもいい。だから、今は覚めないで。もう少しだけこのまま、素直でいさせて。これが、現実からの逃避行だとしても・・・それでもいいから。  真っ赤な光が、電車の中を照らしている、夕暮れ時・・・。
 眠っている二人にも、夕日は暖かな光を送っていた。
 少女の右手には、しっかりと握られた、ピンク色の貝殻。
 その手に、少年の左手が触れた・・・。

 いつもの朝が始まる。心地よい風と、照りつける太陽。雲ひとつない青空。
 二人は、いつものように学校へと向かう。
 平次はふと、空を見上げた。空は、どこまでもどこまでも青くて、吸いこまれてしまいそうになる。こんな日は・・・。
「・・・俺、今日学校行くのやめるわ」
「へ?なんでやの、平次」
「見てみぃや。こんないい天気なんやで。授業なんか受けてられへんわ。俺、どっか昼寝でもしに行ってくるわ」
 そう、こんな日は、近づいてくる新しい夏に、溶けてしまいたくなる。
 しかしこんなとき、黙っていないのが和葉である。
「ほんなら私も行く!!」
「はぁ?なんでやねん」
 平次の面倒くさそうな顔を見るのは、もう日常茶飯事のことのようであるが、こんなところでめげているわけにはいかない。
「ええやんかぁ。平次、いっつも一人で勝手にどっか行ってまうんやから、たまには一緒に連れてってぇな」
「たまにはって・・・、そう言っていっつもいっつもついてきよるのはどこの誰やねん」
「さあ、誰やろなぁ、心あたりないわぁ。ま、そういうわけやから、行こか。どこ行くのん?」
「まったく、しゃあないなぁ・・・。あとで授業サボったこと後悔しても知らんで」
 なんだかんだいっても、最終的にいつもいつも和葉を連れて行くのは、他ならぬ平次なのである・・・。

 制服のまま飛び乗った電車は、初夏の日差しの中を駆け抜けていく。
 平次は大きく伸びをすると、鞄を座席に投げ捨てた。
 通勤時間だというのに、思いのほか、人は少なかった。
「このまま眠って、目ぇ覚めたときには、どっか知らん国までたどり着いてそうな、そんな感じやな」
 そう言って平次は瞳を閉じた。
 平次は時々、ロマンチックなことを言う・・・。
 そんなことを思いながら、和葉もその瞳を閉じようとしたが、ふと、向かいに座ってこちらの様子をにこやかに見つめている老人と目が合って、思わず赤くなって俯いた。

 ふと、視界が開けた気がして、和葉は窓のほうへ振り返った。緑の森を抜け、和葉の視界に入ったのは、どこまでも果てしなく広がる海の世界だった。
「平次!見てや。海が見えるで」
 窓の外を見つめたまま、平次の肩をたたいてから、和葉は平次のほうへ振り返った。太陽の日差しが、平次の顔を照らしている。思わず、その寝顔に引き込まれてしまう。
 平次が、目を覚ました。
「・・・平次って、夏の似合う男やったんや」
「はぁ・・・?」
 思わず言ってしまってから、和葉は、まだ半分頭の中が眠ったままの平次に慌てて弁解する。
「あ、せやから、色黒やからな」
「・・・なんやそれ。おまえなぁ・・・」
 平次はいつものように和葉につっかかろうとするが、和葉はそのまま平次から視線をそらすと、海のほうを向いてしまった。

 海辺は、数人が海を見に来ているほかは静かなものだった。
 二人は、並んで砂浜に座り込む。
「はぁ、えぇ気分や」
 そう言ってそのまま、平次は砂浜に寝転がった。
 和葉はそんな平次を見つめる。
・・・やっぱり・・・。
「日差しが眩しいわ。夏が来たんやなぁ」
 平次が手のひらで日差しを遮りながら、和葉に言う。だが、平次が見つめた和葉は、なんだかうかない顔をしている。
「どないしたん?海見て慌てて俺起こしたわりには、なんやあんまり嬉しそうやないねんけど」
「やっぱり、私帰ろかな・・・」
 ふいに和葉が、俯いたまま呟く。
「あ、ここまで来て、授業サボったこと後悔しとんのやろ。せやから言うたやんか」
「そうやないの。そうやなくて・・・」
 和葉は言葉を濁した。
 だって、言えへんやんか。平次があんまりかっこえぇから・・・、なんて。
 電車の中でも、ここでも、私たちってどういうふうに見られてんのやろ。私なんか、平次に全然つりあってへんのやろな・・・。
 そんなことを考えると、なんだかやりきれない気持ちになってしまう和葉。いつも強がりな和葉でも、平次と二人きりになると途端に恋する乙女に早変わりしてしまうのだ。
 そんな和葉の気持ちを知ってか知らずか、しばらく考え込んでいた平次が、空を見つめたまま呟いた。
「なんや知らんけど、和葉がそんな顔しとったら、おもしろないわ」
「・・・え?」
 平次は起き上がると、和葉をじっと見つめた。眩しい・・・。
 せやから、この顔が私を不安にさせるんやって・・・。
 顔を背けそうになった和葉の頬を両手で支えて自分のほうに向かせると、平次は真顔で言った。
「おまえ笑てたら可愛いねんから」
 和葉は思わず平次を見つめた。
 ・・・え?今、なんて?
「海が気に入らんのやったら和葉の好きなとこ連れてったるから、せやから」
 平次は和葉の頬をつねって思い切り引っ張った。
「せやから笑え!」
 和葉が、平次の手首をつかむ。
「痛いやんかぁ、アホッ!」
「な、怒ることないやんか!せっかく元気づけたっとるのに」
 平次が和葉の両頬をはさみ、その両手首を和葉がつかんだまま、しばらくの沈黙。やがて、二人は同時に笑い出した。
 変な感じ。冗談だか本気だか分からへんけど、平次に"可愛い"って言われただけで、今まで悩んでたこと全部どうでもよくなってまうんやから。
 平次につりあわへんて?それでええやんか。私は私で、背伸びして平次についていくんや。平次が、私の笑顔がいいって言うんやったら、とりあえず今は笑顔でいたい。
 和葉は、平次の顔を見つめながら思う。
「ほらな。やっぱ笑ったほうがええやんか。それにやな、なんや、こうやって二人でおると・・・」
「『兄弟みたいでおもろいやん』?」
「いや、そうやなくてやな・・・」
 恋人同士みたいやなって・・・。
「あ、ちょっと待ちや」
 何かに気づいた平次が、近くの岩場へ駆けていってしゃがみこむ。
「ちょっと平次ぃ、ごまかさんといてよぉ」
 平次はすぐに戻ってきた。手に何かを握っている。
「手ぇ出してみぃや」
 そうして平次が和葉の手に乗せたものは、小さなピンク色の貝殻だった。
「わぁ、可愛い!」
「よっしゃ、遊ぼ!」
 平次は鞄と靴を放り投げると、制服のまま海の中へと駆けていった。
 なんか、ごまかされてるような・・・。
 そう思いながら、和葉は手のひらの中の貝殻を見つめる。
 ・・・ま、ええか・・・。
「よぉし!私も行くで!」
 和葉は駆けだした。

「・・・やっぱ和葉がいちばんやな」
 帰り道、夕やけ色の電車の中。
 眠っている和葉の、貝殻を握り締めた手に触れながら、平次がそんなことを呟いていたことは、誰も、知らない・・・。


夏色の風吹くBLUE SKY
すじ雲が流れる
飛び乗った電車は 恋のナビゲーター

向かい合って座った
窓際のシートで
たどり着いた場所は 海が聞こえる駅

指先が触れる度 ときめいて とまどって
一言も話せない
ただ夏のメロディーだけ聞こえた

YOU ARE MY SUNSHINE
あなたの横顔 見つめる程 まぶしくて
YOU ARE MY SUNSHINE
制服のままで 駆け抜けた
二人の夏

YOU ARE MY SUNSHINE
海鳥の声も 波の音も LOVE SONG
YOU ARE MY SUNSHINE
手のひらにそっと渡された ピンクの貝殻


岡本真夜「制服の夏」(岡本真夜「SUN&MOON」 徳間ジャパンコミュニケーションズ)
『今からちょっと家来てや』
 和葉から電話があったのは、夜八時を回った頃だった。
 推理小説片手にベッドに寝ころんだまま、面倒くさそうに平次が答える。
「はぁ?今から?なんでやねん、今ええとこやのに」
『ええから早く。どうせ推理小説でも読んでんのやろ。そんなんいつでも読めるやんか』
「そんな急ぎならお前が来たらええやんか・・・」
 平次は寝返りをうつと、大きなあくびをひとつ。
『夜遅くに女の子が一人で外うろうろしてたら危ないやん!』
「・・・お前なんか外うろついとったって誰も・・・いてっ!」
 壁に掛かっていた額が落ちて平次の頭に命中・・・。
「・・・遠隔操作?」
『・・・は?』

「おーいっ!和葉ぁ?」
 遠隔操作(!?)の甲斐あってか、平次は和葉の家に来ていた。玄関のベルは鳴らさず、直接和葉の部屋に向かって叫んでみるが、返事はない。・・・というか、多分近所迷惑。
「平次!こっちやこっち」
 見ると、屋根の上から声がする。
「裏回って。梯子かけてあるから」
 何かつっこむ前に、成り行き任せになってしまった。平次はとりあえず、梯子を登る。屋根まで登ると、和葉が待っていた。
「なんやねん。こんなとこで・・・」
「あんたかてテレビのニュースとか新聞くらい読んでるやろ。あれやあれ」
 そう言って和葉が指さした先には・・・。
「・・・月?ああ、皆既月食・・・」
「そ、一緒に見ようや」
「用ってこれのことか・・・。俺、別に興味あらへんで」
 和葉は無理矢理平次の腕を掴んで引っ張ると、自分の隣りに座らせる。
「あたしかて別に興味なんか無かったんやけど、ほら、二人で見たら案外ええもんかもしれへんで」
 平次は仕方なく和葉の隣りに腰を下ろす。
「ほんなら別に俺やなくてもええやん」
「・・・別に平次やなくてもええねんけど、平次やないとあかんときもあんねん」
 和葉は膝に顔を埋めて、少し拗ねてみせる。
「・・・変なやつ・・・」
「・・・あたしはいつも変なやつやねん・・・」
「自分で言うなや・・・。まあええわ。暇やから付き合うたるわ」
 別にこうなることを計算して拗ねたわけではないのだが、平次が、こういうときいつも、結局は付き合ってくれる、というのは、やはり和葉が長年一緒に過ごしてきた“幼なじみ”だからなのか、それとも・・・?
 ともかく和葉としては、二人でいられればそれで幸せ、ということで・・・。
 こうしている間にも、月は少しずつ、少しずつ、欠けていた。恋人同士であったら、月が欠けるにつれて自然と体が寄り添い・・・なんてこともあったのかもしれないが、何しろこの二人のことだから、それはないらしい。和葉もそこまで積極的ではないだろうし、平次も・・・。
 だが、この二人にもこの二人なりの空気というものはあるようで。
「へぇ・・・、ホンマにだんだん消えていきよるわ」
「何か不思議やね。やっぱ見て正解やったやろ?」
 和葉が得意げに言う。
「ん?・・・ま、まあな・・・」
 いつのまにかかなり真剣に見入ってしまっていた以上、平次もこればかりは認めざるを得ない。
 そして、月が全て欠けてしまったとき、和葉が言った。
「あたしな、ホンマは怖かってん。お月さまって、夜、真っ暗になったときに、自分を・・・、周りのみんなを照らしてくれる存在やんな。・・・そのお月さまが消えてってしまうってことが、なんか、大切なものをなくしてしまうような気がしてな。怖かってん・・・。小学生の時にも、月食ってあったやん?私、一人で怖くて布団にもぐってた。・・・けどな、隣りに平次がおってくれたら、怖くないような気がした。別に何も話してくれへんかったってええんや。ただ、側におってくれたら、怖くないんやないかって。・・・ホンマにそうやった。お月さまが欠けていくのが、こんなに素敵に見えるなんて、思ってへんかった」
 和葉は、月の消えた夜空を見上げる。
「隣りに、平次がおったからやと思う。平次が隣りにおってくれて、うれしかった。・・・ううん、隣りにおったのが、平次やったからうれしかった。ホンマ、ありがとぉ。・・・って、あれ?」
 満面の笑顔で振り返った和葉の視線の先には、暗闇でも分かるくらい顔を真っ赤にした平次。
「あ・・・の、うれしいというか恥ずかしいというか・・・、その・・・」
「へ、平次、なんで?」
「は?なんでって?」
「こういう時って、こう振り向いた途端隣では寝息かいて寝てたっていうのがお約束やんかぁ!」
「はぁ?」
 平次の顔を敢えて表現するとすれば、文字通り、目が点、といったところ。
「なんで俺がそんな漫才みたいなことせなあかんねん!」
 いつもやってるくせに・・・。
「だってだって、ホンマに聞いてるとは思ってへんかってん」
「お前マンガとかドラマの見すぎや」
 今度は和葉の方が顔を真っ赤にしている。
「嫌やわぁ。あたしめっちゃ恥ずかしいこと言うてしもたやん!平次、さっき言うたこと全部忘れてええから」
「忘れとうても忘れられへんわ。そうか、俺がおったんがそんなにうれしかったんかぁ」
 平次がにやけ顔で和葉をからかっている。こういうとき、素直にどっちからともなく好きと言えないのがこの二人の性分(!?)で・・・。
「あー、もぉ、平次のアホぉ!」
「なんや自分で言うといて。変なやつ・・・」
「せやからあたしはいつも変なやつやねん!でも平次には言われとうないわ」
「俺のどこが変なやつなんや」
「自分で変なやつやて気付いてないとこが変なやつなんや」
 二人でいるとどうしても漫才コンビになってしまうのも性分で。

二人のロケット by神崎雨乃さん


「なんやそれ、訳分からんわ。よし、変なやつは変なやつ同士、花火やろ!」
「何でいきなりそうなんねん・・・。だから変やて。だいたい家に花火なんかあらへんで」
「大丈夫!俺家から持ってきたから」
 そう言って平次は、持ってきたバッグの中から花火を取りだす。
「なんやあんた、来るとき気ぃなさそうやったのに、用意周到なんやん」
「いや、だからそれは・・・」
 今度は平次がからかわれる番である。
「あ、分かった。そんだけあたしと花火やりたかってんな。平次と一緒に花火やるのがあたしの務めやと」
「アホ。そんなんちゃうわ・・・」
 どうでもいいが、近所迷惑である。
 消えていた月が、再び現れようとしている。が、二人の夜はまだまだ長い。
 二人の関係を敢えて言うならば、軌道にのるか墜落するか、そんなあいまいな、飛び出したばかりのロケット。
 これからどうなっていくのか、それは誰にも分からない・・・。


ほら煙りを上げて飛び出した
二人のロケット宙を舞うよ
軌道にのるまでが肝心
大気圏で揺れているよ

ほんの少しの感動も 君と二人で感じたら
大切なものがほら また一つ増えてゆくみたいで
すれ違うこともあるし 馴れ合う事もあるけど
君のいない日々なんてもう 想像する事も出来ない

いつかはすべて忘れて
消え去る瞬間が来るのなら
なおさら愛しいよ

ねぇ軌道にのったその続きは
愛のバジェット増やさなくちゃ
いつも墜落の危険が
隣り合わせの毎日だよ


GARNET CROW「二人のロケット」(GARNET CROW「first kaleidscope~君の家に着くまでずっと走ってゆく~」TENT HOUSE)



イラスト 神崎雨乃さん
 ある、穏やかな風の吹く午後のことだった。
 桜の花も散り、みずみずしい新緑の季節が訪れようとしている。
 平和だ・・・。
 その、平和を乱すような出来事が、今ここ、遠山邸で起ころうとしていた・・・。そう、彼の出現により。
 その男は、チャイムも鳴らさずに突然遠山邸の玄関の扉を開けた。・・・これは、いつものことである。
 そして、周囲の迷惑も考えずに叫ぶ。
「おい!和葉おるかぁ?」
 ・・・これも、いつものことである。
 呼ばれて、ポニーテイルの少女が二階の階段を降りてくる。
「もぉ、平次!いっつも言ってるやろ。ちゃんとチャイム鳴らして入って来ぃや。それから、叫ぶのもやめてな。近所に聞こえてこっちが恥ずかしいわ」
 そして、平和は突然に乱された。
「和葉、俺・・・」
「ん?なんやの」
「俺、お前のことが好きかもしれへん」
「・・・え。・・・えぇっ!?」
 そう、それは、平次の突然の告白から始まった。

 午後八時。毛利邸の電話が鳴り響く。夕食の片づけをしていた蘭は、濡れている手をエプロンで拭うと、慌てて電話を取った。
「はい、毛利・・・」
『蘭ちゃん!?』
 蘭が電話を取るやいなや、何かすごいものを見てしまったような叫び声が、受話器の向こう側から聞こえてきた。
「か、和葉ちゃん?」
『蘭ちゃんちょっと聞いてぇな。実は・・・』

 その頃、工藤邸でも同じような出来事が起こっていた。自分の名前も言わず、『おぉ、工藤か?』の一言から間髪入れずにしゃべっている関西弁の男・・・。
「マジかよ。いやに唐突だな・・・」
 やがて、新一はやっとそれだけ言うことが出来た。
『なんや急に思たんや。俺ってもしかして、あいつのこと好きなんやないかなって・・・。ほんで考え始めたらな、思い当たることがいっぱいあるな思て。これはやっぱり本人に伝えとかなあかんなと』
「そんなに簡単に言えるもんかよ・・・」
 パトカーで大阪見物してみたり、学校帰りに飛行機で東京来てみたり・・・、こいつだから成せる技だな・・・。
 新一は今までの平次の行動を思い出して、思わず苦笑いする。
「で?和葉ちゃんの気持ちは訊いたのかよ」
『アホぉ。そんなもん怖くてそう簡単に訊けるもんやないやろ』
 ・・・お前、言ってることとやってることめちゃくちゃだよ。
『とにかくなぁ、俺は決めたんや。ぜったい和葉を俺のもんにしたるってな。せやから工藤も応援してや。・・・あ、そや、明日和葉連れてそっち行くから、何かええとこ案内してや。ほな』
 言うやいなや電話が切れる。いつものことだ・・・。
 ちょっとは俺の話も聞け・・・。
 新一は、受話器から聞こえてくる無神経な音を聞きながら思う。
 和葉ちゃんは、もうとっくにお前のものになってるっていうのに・・・。

「良かったじゃない。和葉ちゃんの片想いが実ったんだよ」
 毛利邸では蘭のうれしそうな声がこだましている。
『うん・・・。そやけど私、びっくりしてしもて。ホンマなんかなぁって疑ったりして・・・。で、まだ私、平次に気持ち伝えてへんのや』
「服部くんはそんなことで和葉ちゃんに嘘つく人じゃないでしょ。ちょうどいいじゃない。明日、服部くんとこっちに来るんだし、その時に気持ち伝えれば」
『・・・うん。そやけど・・・』
 蘭のうれしそうな声とは裏腹に、和葉の声はなぜかかぼそい・・・。
「どうしたの?何か心配なことでもあるの?」
『え?・・・あ、ううん、何でもないんや。ほな、明日な』

 午後十時。新一と蘭をつなぐ二人だけの携帯電話が鳴り響く。
「あ、もしもし新一?あのね、今日、和葉ちゃんから電話があって・・・」
『あぁ、それならうちにも服部から・・・』
「ホント?で、服部くん、何て言ってたの?」
 蘭の声は、非常にうれしそうである・・・。
 ったく。女ってのは何でこんなに人の恋の話に敏感なんだか・・・。
 新一は少し呆れる。しかし新一だって、あの二人に関しては多少なりとも興味を持っていないはずはない。
『ああ、なんか、和葉ちゃんを自分のものにするみたいなこと言ってはりきってたけど・・・。ったく、鈍感といおうか自分勝手といおうか・・・』
 受話器の向こう側から聞こえてくる声に、蘭は思わず笑みがこぼれる。
 新一ったら。興味ないようなふりしてるけど、あの二人のことすごく心配してるんだ・・・。
『で、明日二人でこっち来るから、いいところ案内しろって、それで考えたんだけど・・・』
「トロピカルランドなんてどう?」
『やっぱ、デートスポットって言ったらそこだよな』
 この二言で、明日の行く先は決まった。二人とも、実は世話好きだったりする・・・。
「だけど、ジェットコースターには乗らないからね・・・」

 次の日。この日も、良い天気で、まさに絶好のデート日和であった。朝早く、平次、和葉の二人が東京に到着し、四人はそのままトロピカルランドへと向かった。
 そしてその日、新一と蘭の二人は、平次のあまりの豹変ぶりに度肝を抜かれることとなる・・・。
「和葉ぁ、次あれ乗りに行こか?」
「う、うん・・・」
 平次が、和葉の手を取る。かなりうれしそうだ・・・。和葉は戸惑っているようだ。当たり前・・・。
 そして後ろでは、もっと戸惑いながらも、微笑ましく関西カップルを見守る二人。
「服部、分かりやすい奴・・・」
「ホント。でも、服部くんらしいといえばそうかも・・・」
「和葉ちゃんも大変だよなぁ」
「和葉ちゃんが自分の気持ち、ちゃんと服部くんに伝えたら、また変わってくるかもしれないわね。ねぇ、私達で、そのシチュエーション作ってあげようよ」
「あぁ。・・・それくらいはしないと、俺たちあんまりいる意味無いよな・・・」
 こちらも楽しそうである。
 しかし、最悪の事態というものは、思いがけないときに起こるものなのである・・・。

 相変わらずの平次の豹変ぶりは続き、そのまま昼時になった。四人が揃って昼食を取っていたときのことだ。
「和葉、何か飲み物買って来たるわ」
 きっかけは、平次のその言葉だった。昼食を食べていた和葉の手が止まる。
「何がええ?」
 和葉は俯いたまま答えない。新一と蘭の手も止まる。平次は、思わず和葉の顔をのぞき込んだ。
「ん?何や?オレンジジュースか?ソーダ?それともアイスティーとか?」
 それでも和葉は答えない。
「どうしたの?和葉ちゃん・・・」
「わ、私・・・」
 蘭が口を挟もうとしたとき、ふいに和葉が口を開いた。そして突然立ち上がる。
「私・・・、こんなん嫌や!」
「あ、和葉・・・」
 肩を掴もうとして立ち上がった平次の手を振りきって、和葉は人混みの中へと消えていってしまった。後に残ったのは、呆然と立ちつくす一人と、おろおろするばかりの二人・・・。
「新一、私、和葉ちゃん探してくるから」
 やがて、蘭が小さな声で囁く。
「ちょっと待て。じゃあ、俺にあそこで落ち込んでる男をどうにかしろと・・・?」
 新一の指さす先には、がっくりと肩を落とした男が一人。
「当たり前でしょ。じゃあ、よろしくね!」
「あ、おい蘭!」
 こうして最愛の恋人が行ってしまい、こちらも呆然としている男が一人・・・。
 おい・・・。俺にどうしろって言うんだよ・・・。
 とりあえず新一は、おそるおそる平次の背後から彼の肩をたたいてみる。
「お、おい。服部・・・?」
「俺・・・、完全に和葉に嫌われてしもた・・・」
 平次が俯いたまま呟く。
「え、あ、いや、多分・・・、そんなんじゃないと思うけど・・・」
 とは言ってみたものの、新一もいまいち事態が飲み込めていない。
「そんな慰めてくれんでもええわ・・・」
「いや、慰めとかじゃなくて・・・。だって、和葉ちゃんはずっと前から・・・」
 そこまで言いかけて新一は口をつぐんだ。
 だめだ。これは和葉ちゃん本人が服部に言う言葉だろ・・・。
「そうやな・・・。ずっと前から、俺のことなんか幼なじみとしか見てなかったんやもんな。嫌われるの当たり前や」
 そして、完全に勘違いしている男がここに一人。
「いや、そうじゃなくて・・・」
 どうしたらいいか分からず言葉に詰まる男も一人。
 おい、誰かどうにかしてくれ・・・。

 その頃、蘭は一人ベンチに座っている和葉を発見した。
「和葉ちゃん・・・?」
 蘭に気付いた和葉は、一瞬こわばったような表情を浮かべたが、すぐにまた俯いてしまった。
「ごめんな蘭ちゃん。なんや、こんなことになってしもて・・・」
 蘭が、和葉の隣りに座る。
「ううん、そんなこと・・・。それより、服部くん落ち込んでたよ。やっぱり、急に服部くんの態度が変わったから、それで戸惑って・・・?」
 すると、和葉は首を横に振った。
「そうやないねん。ただ、ただな・・・」
 和葉は言葉に詰まっているようだ。蘭は、和葉の両肩に手を当てて和葉を自分の方に向かせると、和葉の瞳を見つめて優しく囁いた。
「とにかく、服部くんに自分の正直な気持ち伝えないと、何も始まらないよ」
「そやけど私、平次にあんなこと言うてしもたし、もう、平次私のこと・・・」
 そう言ってまた俯きかけた和葉の肩を、蘭がぐっと押す。
「和葉ちゃん、そんなことないよ。とにかく、服部くんの所に戻ろ?」
 言いながらも、蘭はもどかしさでいっぱいだった。
 二人とも、想いは同じはずなのに、気持ちってなかなか伝わらない・・・。
 二人は、元いた場所へと歩き出した。

「と、とにかくさ、和葉ちゃんに、ちゃんと気持ちを訊いてみようぜ」
 一方、まだあたふたしているのはこちらの男二人・・・。
 バーロー・・・。なんで俺はこんな事・・・。
「な?ここで落ち込んでても何にもならないだろ?」
 落ち込む男と慰める男・・・。実は平次よりも辺りの人目が気になったりしている新一。
「・・・分かったわ。とりあえず、和葉探してみるけど・・・」
 既に地面に埋まりそうなほど落ち込んでいる平次。
 しかしここで間違いを犯していることに気付かず、和葉を探すためにその場を離れてしまった男二人・・・。

 蘭に促され元いた所に戻ってきた和葉だが、そこには既に平次と新一の姿はなかった。
「あれ?いない。新一まで・・・」
 どうやら蘭と新一の二人も、意志の疎通がきちんと成されていなかったようである・・・。
「平次・・・、もう帰ってしもたんかな・・・」
「そんなことないって。きっと服部くんも、和葉ちゃんのこと探してるんだよ」
 その時、蘭の瞳に、二階建てのレストランが映った。二階のベランダのテラスでも、大勢の人々が食事をしている。
「ねぇ、あのベランダに行ったら、全部見渡せるんじゃない?」
「え・・・、そやけど・・・」
「つべこべ言ってる暇無いじゃない?早く服部くん探さないと」
 蘭は結構強引である。和葉の手を取るとレストランへと引っ張っていき、食事をするために並んでいる家族をかき分け、店員の「並んでお待ちください」の言葉も聞かず、一目散に二階のベランダへと向かった。

「二人ともどこまで行っちまったんだろうな」
 散々探しても蘭と和葉は見つからず、新一が思わずそう呟いたとき、ふいに平次が立ち止まった。
「ん?どうした?」
 新一は、平次の視線の先をのぞき見る。すると・・・。
「あ・・・、いた」
 レストランの二階のベランダから、辺りを見回している蘭と和葉を発見した。
「服部、ほら、和葉ちゃんとこ行くぞ」
 そう言って、新一は平次の背中を押すが、平次は動かない。
「おい、服部・・・」
「俺、あかんわ。和葉との距離、こんなに離れてしもたんや・・・。和葉との、心の距離・・・」
「何言ってんだよ。お前このままでいいのか?このまま、離れたままでいいのかよ。和葉ちゃんが、どうしてあそこにいるのか・・・。それは服部、お前のこと探すためなんじゃないのか?」
 平次は、ベランダを見上げた。
 和葉が、俺のこと・・・?俺はどうしたらええんや。俺は・・・。
「ほら、服部・・・」
 そう言って新一がもう一度背中を押そうとしたとき、平次が突然叫んだ。
「和葉ぁっ!!」
 周囲にいた人々が思わず振り返る。
「は、服部ぃ・・・?」
 やはり人目を気にする新一。
 平次の叫び声に、ベランダにいた和葉が振り返る。
「へ、平次・・・」
 和葉が振り返ったところで、平次は人目も気にせず言った。
「和葉、昨日ゆっくり考えてみたんや。ほんで思った。やっぱり俺は、和葉が好きやって、気ぃ付いた。せやから、和葉に喜んでもらお思て、張りきって、せやけど空回りしてしもて・・・。そのことは謝る。せやけどなぁ、俺、こんなん嫌やねん。このまま、こんな風に離れてるの、嫌や」
 辺りが、急に静かになったような気がした。和葉は俯いたまま何も言わない。平次は、和葉の言葉を待っている。
「和葉・・・」
「平次は・・・」
 和葉が顔を上げた。
「平次は・・・、ずるいと思う」
 予想もしていなかった言葉に、新一も蘭も、そして秘かに二人を見守る周囲の人々も耳を疑った。平次は黙って和葉を見つめて、ごくりとつばを飲み込む。
「『好きかもしれへん』なんて急に言い出して、私の気持ちも考えずに引っ張り回して、自分勝手で、・・・私に自分の気持ちばっかり押しつけて、平次はずるい!・・・だって、だって私はなぁ・・・」
 周囲の人々が和葉を見つめるじーっと言う音が、今にも聞こえてきそうである。和葉は、思いっきり息を吸い込むと叫んだ。
「私は、平次なんかよりずっとずっと前から、平次のことが好きやってんからなぁ!」
 ついに言ったか・・・、と、周囲の「おおっ」という溜め息が聞こえる。
「ほ・・・、ホンマに?」
 驚いているのはおそらく平次一人である。
 そうだよ。普通気付くだろ・・・。
 新一は思わずつっこみたい衝動に駆られたが、何とか踏みとどまった。
「そうやこの鈍感!それやのにあんた一人で盛り上がってるから、私嫌やってんからな!・・・ホンマは私、ずっとあんたに、私の気持ちに気付いて欲しかってんから!」
 ここから先は、二人は漫才コンビと化した。
「そ、・・・そんなん言ってくれへんと分からへんやんかぁ!」
「せやから鈍感やって言うとるんや。工藤くんだって蘭ちゃんだって、私の気持ち分かってたのに!」
 新一と蘭は思わず大きく頷く。
 そう、気付いてなかったのはお前だけだ服部!
「あぁ、どうせ俺は鈍感やねん。お前の気持ちなんか、考えたことも無かってんからなぁ」
「それで結構!あんたなんかどうせただの幼なじみやもん」
「せやけどなぁ・・・」
 平次が言葉を濁す。
「せやけど、気ぃ付いてしもたんやからしゃあないやんか!お前のこと・・・、世界中でいちばん好きやって、気ぃ付いてしもたんやから!」
「平次・・・」
 しばらくの沈黙・・・。それから突然、和葉は走り出した。レストランの階段を駆け降りる。平次も走り出した。一直線に、レストランの入り口へと向かう。和葉がレストランの扉をくぐったところで、二人は出会った。
 和葉が、平次にしがみついて言う。
「平次のアホぉ・・・」
 今、二人には、周囲の歓声も聞こえない・・・。新一と蘭は、思わず顔を見合わせて笑った。
 蘭は、ゆっくりと、レストランの階段を降り始めた。

 それから・・・。
「なんや人がせっかく買うてきたのに。何が気に入らんねん!」
「せやから、一緒に買いに行こて言うてたやん!なんで一人で勝手に買うてくんの!」
「急に思いたったんやからしゃあないやん!」
「もぉ、人の気も知らんとぉ。平次のアホ!」
 テーブルの上には、綺麗にラッピングされた箱と、『新一くん、蘭さん、ご結婚おめでとう』の文字の書かれたメッセージカード。
 あれから幾度かの春が終わり、また、新緑の季節が訪れようとしている。
 平和だ・・・。
 しかし、平次と和葉・・・この『平和カップル』に、平和は訪れそうにない・・・。  人気のない電車の窓から、哀は一人、外の景色を眺めていた。・・・正確には、窓の縁に頬杖をついて外を見てはいたが、哀の瞳に、景色は映っていなかった。
 太陽の光が、窓から射し込んでいる。
 ふいに、辺りが真っ暗になった。トンネルに入ったのだ・・・と、哀は思った。
 その時、窓に、見たことのある影が映った。影はそのまま、哀の向かいの席に座る。
「あら、久しぶりじゃない」
 こんな所で会うなんて・・・という驚きとは裏腹に、哀は平常を装って静かに呟いた。が、影の主は、少し戸惑ったような顔で答えた。
「え・・・あ、嬢ちゃん、どっかで会うたことあったか・・・?」
「え?」
 哀は少し考える。そしてふっと笑った。
「そうね。あなたは知らないかもしれないわ。あのときあなたは、私の素顔を見ないまま帰ってしまったから・・・」
 今度は向かい側にいる彼が考える。
「あなたの変装も結構いけてたわよ。・・・西の名探偵さん」
 それを聞いて、影の主・・・平次は思わず大きく相づちを打った。
「あぁ!!あんた、あんときちっさい工藤に変装しとった嬢ちゃんかぁ。そう言うたら、その目ぇに見覚えある気ぃすんで」
 電車の中の静寂・・・車内には、二人の他に人影は見あたらなかった・・・、神聖な雰囲気には似つかわしくない関西弁の大声がこだまする。哀は思わず溜め息をついたが、平次はそれには気付かなかった。
 すっかり満足したように、平次は大きな伸びをした。そのまま、窓の外に目をやる。二人はしばらく黙ったままだった。
「何も聞かないのね。私がどうしてこんなとこにいるのか・・・」
 先に口を開いたのは哀だった。すると平次は、何もかも見透かしたように言う。
「聞いて欲しかったか?まあ、聞いたとしても、『ただなんとなく』とか言われるのがオチやろな思て」
 哀は微笑した。
「まあそうね。ホント言うと、いつからここにいたのかも分からないわ。いつのまにか、ここにいた・・・」
 そして、ふと平次から視線を逸らす。
「現実から、逃げ出したかったのかもしれない・・・」
 唇の先から思わず本音が出て、哀は口をつぐんだ。
「工藤のことか・・・?」
 ふいに平次にそう訊かれ、哀は驚いて平次を見つめた。「どうして・・・」そう呟くのが精一杯だった。
「初めて会うたときからな、なんとなく、思たんや。あんた、工藤のこと・・・」
「バカなこと言わないで」
 平次の言葉を遮るように、哀は呟く。思わず、不敵な笑みがこぼれる。
「ただ、いつ私を狙いに来るか分からない組織に怯えているだけ・・・」
 そこまで言って、哀は首を振った。
「違う・・・」
 哀はまた首を振る。自分を否定するかのように。
 平次は黙ったままだった。
「違うの。・・・本当は怖いのよ。私の作った薬で、いろんな人が犠牲になってるわ。そして、工藤くんも・・・。彼を助けたい。でも、彼は組織の人間に狙われるわ。私にはどうすることもできない。それに、彼が元の体に戻ったら、私の事なんてもう・・・。私、どうしたらいいのか分からないのよ!」
 胸の中に溜まっていたものが爆発する。哀は思わず叫んだ。電車の中の静寂が打ち破られる。自分の声が、自分の中でこだまする。荒い息を吐く。なぜだか、涙がこぼれ落ちてくる。
「どうかしてるわ。あなたにこんな事言うなんて・・・」
 そう言って哀は、無理に笑顔を作ろうとするが、涙が流れ落ちるばかりだった。思わず俯く。握りしめたこぶしに、いくつもの雫がこぼれ落ちていく。
 やがて、今まで黙って哀の言うことを聞いていた平次が口を開いた。
「俺は、明日のこととか、これから先のこととか、あんまり考えずに生きとる。今日に命賭けてるからな」
 平次の急な発言に、哀は思わず顔を上げて平次を見つめた。
「せやから、思い立ったら即行動してまうんや。こいつに会いたいって思た瞬間、こいつ守らなあかんて、思た瞬間からな。よく後からいろんな人に怒られるわ。・・・せやけどな、それも結構楽しいもんやで」
 そう言って、平次は笑った。
「あんたも、もっと気楽にやったらええんとちゃう?先のことばっか考えて煮詰まってるよりはな」
 ただ、それだけだった。平次は、それ以上何も言わなかった。ただ、まっすぐに哀を見つめる。
 哀は頬に流れていた涙を拭った。精一杯強がってみる。
「あなたにお説教されるためにこの電車に乗ったんじゃないわ」
「そりゃそうやな」
 そう言ってまた、平次は笑った。そう、ただ、それだけだった。けれど・・・。
 哀が呟く。
「でも、・・・少しは楽になったかもしれない」
 なぜかしら。何か特別なことを言われたわけでもないのに・・・。
「そうか、ほんなら、俺の説教もちょっとは役にたったっちゅうことやな」
 平次が笑う。哀の中で、哀を押さえつけていたものが消えていく。
 ・・・そうだ。この笑顔だ。
 哀は思った。
 私、この笑顔にだまされてるのかしら・・・。
 そう考えて、哀は思わず吹き出した。
「なんや急に」
「変ね、的を得てるのか得てないのか、分からないようなお説教だったのに」
 哀の楽しそうに笑う顔を、平次は不思議そうに見つめている。さっきまでの涙は、どこへ行ったのか・・・。
 ふと哀は、窓の外を見つめる。そしてあることに気付いた。
「・・・ヤケに長いトンネルね・・・」
 窓の外は、平次に会ったときから、暗いままだった。
「何言うてんのや。よう見てみぃ」
 平次に言われて、哀は目を凝らしてみた。
「・・・星?」
 平次は頷いた。電車の外には、たくさんの星々が煌めいている。
「そうや。さっきまでは見えへんかったんなら、心が軽くなった証拠やで」
 電車の前には、光り輝く道が、どこまでも続いている。
「まるで銀河鉄道ね」
「ああ、この電車は、夜空ん中を走ってる。そして、この電車の行く先には・・・」
 星がひとつ、流れて消えていった。
「新しい夜明けが待ってるんや」
 平次がうれしそうに笑う。
 やっぱり、この笑顔だ・・・。
 なんだか、心のもやが晴れているような気がする。
「どうしてこの電車であなたに出会ったのか、分かったような気がするわ・・・」
 ふいに、哀が呟く。
「多分、似たもの同士だったから・・・」
 そう・・・。あの日、私達は、それぞれにだけど、同じ事をしようとしてた。そこに至る経過はどうであれ、私達は、大切な人を守ろうとしてた・・・。
 だからだわきっと。彼の笑顔は、こんなにも私の心に響いてくる・・・。
「だけど、あなたにはもっと、守るべき人がいるんじゃないかしら?」
 きょとんとしている平次に、哀が言う。
「は?何が?」
「べつに。ただ、西の名探偵さん?あなたも、人の心は読めても、自分のことになるとさっぱりなのね」
 哀がくすっと笑う。
 なんや?俺も前誰かに、そんなことを言うたような気がする・・・。
 相変わらずきょとんとしている平次をしり目に、哀は窓の外を見る。窓ガラスに映る自分の顔は、なんだか楽しげに見える。哀は、その顔に問いかけた。
 ねえ、知ってる?これから、誰も知らない夜明けを探しに行くのよ・・・。
 また、星がひとつ流れた。
 電車は、どこまでもどこまでも進んでいく。新しい、夜明けを目指して・・・。

「でもやっぱり、あの変装でばれないと思うのはおかしいんじゃないかしら」
「何言うてんねん。あんたに負けず劣らず完璧な変装やったやんか」


誰も知らない夜明けを探しにいこうと
夜の真ん中 車走らせて
明日のことなんて少しも頭になくて
今日を最後の日のように走り抜けてた

今夜の月は 僕らを
白くあやしく照らして引き込むように
どんな場所にも誰よりも早く
辿り着けそうな予感 真冬の奇跡

いつかの君へ 一人で
抱え込まないで 思い出して
僕らは君のためなら
時間も距離も飛び越えかけつけるから


rumania montevideo「誰も知らない夜明け」(rumania montevideo「Girl,girl,boy,girl,boy」GIZA,INC.)
 ここ数年間、クリスマスにはこれと言った思い出がありません。って言っても、予定がないわけではなかったんです。友達から毎年、クリスマスパーティーやらない?と誘いがかかるから。
 だけど私は、いつもこう答えます。「ごめんな。その日、別の予定が入ってんのや」。
 私は、そんな自分をつくづくアホだと思ってしまいます。だって、ホントは予定なんて何もないんだもの。ひとり、自分の部屋でボーッとしてるだけ。
 それというのも、全部、私の隣にいるこの男が悪いのです。いかにもって感じで教科書を机の上に立てて、そのくせいびきなんかかきながら眠ってるこの男、こいつが全部悪い!
 彼の名は服部平次。私の幼なじみ。関西ではちょっとは名の知れた高校生探偵なんだけど、思い立ったら東京でも何処でもすぐに行っちゃうし、銃で撃たれるし海には落ちるし、事件解決のためには健全な女子高生(もちろん私のことである)の服脱がせようとまで・・・。
 ・・・と、それはいいとして、クリスマスに思い出がないのは、私の頭の中にしがみついて離れない、変な期待のせいなのです。
 たしか、中学1年生の時のクリスマスイヴ。その時はホントに何も予定がなくて、ひとりでテレビを見てました。その時突然玄関のベルが鳴って、入ってきたのが平次だったのです。「和葉、一緒にクリスマスパーティーやらへん?」って。
 平次は、両手で大きな箱を抱えていました。その箱の中から、彼は高さ1メートルくらいの小さなクリスマスツリーを引っぱりだしました。
 実はこれは、平次が商店街の福引きでたまたま当てたもので、それを当てなかったらクリスマスパーティーをやろうなどと彼が考えるはずもなかったのですが、そのおかげで、私の中に変な期待が生まれてしまいました。
 とにもかくにも、平次が“私と”クリスマスパーティーをやろうと思い立ってくれた。それが妙に嬉しかったために、私はそれから、「今年も平次がクリスマスパーティーやりに来てくれるかも」などという期待を膨らませてしまって、毎年12月の24日と25日は、何も予定を入れずに家で待つようになってしまったのです。
 しかしやはり、クリスマスなんてものは興味がないらしく、しかも、たとえクリスマスパーティーをやっていたとしても、事件発生の呼び出し電話なんて来ようものならすぐに飛んでいってそのままパーティーのことを忘れてしまうに違いない平次が、「クリスマスパーティーやらへん?」なんて来てくれるはずもなく、毎年ひとり寂しいクリスマスを過ごす羽目になってしまう私。
 だったら待つのなんてやめて友達とクリスマスパーティーをすればいいのに、一度抱いてしまった期待はなかなか消えないもので・・・。
 しかも今年は、やっかいなおまけまで付いていて・・・。
「平次くん、起きなや、先生見てんで」
 それは、平次を隔てて反対側の席に座っている女の子。実は、3ヶ月くらい前、平次に彼女が出来てしまったのです。それがこの女の子。席が並んでるから、仲のいいところが嫌でも目に付いてしまうし、しかも可愛い・・・!!なんだか、東京にいる友達の蘭ちゃんに似てる気がする・・・。だから憎めないんだよね・・・。
 と、いうわけで、今年は彼女までいる平次が、私のところに来てくれるはずがないと言う訳なのです。なのに今年も言ってしまいました。「ごめんな。その日、別の予定が入ってんのや」って・・・。つくづくアホな私。
 気付いたら、私は彼女の方をじっと見つめていたようで、彼女も私の方を見つめて困惑しているようでした。慌てて彼女から視線を逸らすと、今度は机の上に置いてあった教科書を落としてしまったりして、目を覚ました平次には「挙動不審」とか言われるし、なんだかついてないなぁ。

 そして、クリスマスイヴがやってきました。私はひとり、ソファにうずくまって沈没中・・・。母は近所のおばちゃん達と買い物、父は仕事。だから私はひとりぼっちで惨めなクリスマスイヴ。そして今頃平次は・・・。
「はぁ・・・。なんで私の気持ちには気付いてくれへんのやろな・・・」
 たいして努力をしたわけでもないくせに、ひとりで呟いてみる。呟いたつもりなのに、その声が部屋中に響いたりするから、余計に悲しくなったり。
 いつの間にか、窓の外では、雪がちらちらと舞っていました。
 ホワイトクリスマスかぁ。ええなぁ。恋人同士やったら絶対いい雰囲気になるんやろなぁ。・・・なんて考えていると、突然玄関のベルが鳴りました。そして、私がドアを開ける前に勢いよく外からドアを開けたのは、両手に紙袋を抱えた平次だったのです。
「和葉、一緒にクリスマスパーティーやらへん?」
 私はびっくりしてしまいました。だって平次は、彼女と・・・。
「なんで?だってあんた・・・」
「あ、えっと、まあええから。・・・うぅ、さぶ。急に雪降って来よるからなぁ。入るで」
 平次は私が何か言う暇も与えず、ずかずかと家の中に入ると、持ってきた紙袋の中身を開け始めました。
「ええと、これがケーキやろ・・・、そんでこれがシャンパンで・・・」
 私は混乱してしばらく玄関の前に突っ立っていたけど、やっとの事で我に返りました。
「ちょっと待ってやあんた。彼女とデートとちゃうの?なんでこんなとこ来てんの。彼女は・・・?」
 すると平次は、紙袋の中身を開けながら何事もないように言いました。
「ふられた」
「・・・は?」
「ふられたの」
「はぁ!?」
「だからぁ、何遍も言わすなや!ふられたの!!」
 私は一瞬、訳が分からずにじっと平次を見つめていましたが、そのうちおかしくなって思わず笑い出してしまいました。
「お、お前なぁ、何笑ろとんねん!」
「だって、今日クリスマスイヴやで。そんな日にふられるなんて、平次らしーい」
「俺らしいって・・・。人がケーキとごちそう持ってわざわざ来たったのにそういうこと言うなや。帰るぞ」
 それでも私は笑いが止まりませんでした。ふられた平次が私のところに来たことが、嬉しかったのかも知れません。ホントは慰めて欲しいくせに、平然としてたりするところも平次らしいし。
「でも、何でふられたん?仲良さそうやったやんあんたら」
「何や俺にもよう分からんわ。『私なんかより、平次くんのこと想ってる子がいるから、その子にはかなわない』って言われた・・・」
「え・・・」
 それって私のことなのかなぁ。自分では分からないんだけど、私って分かりやすい性格らしいのです。友達に、「あんたって服部くんのこと好きなんやろ」と言われて慌てることがしょっちゅうあり・・・。気付かないのは平次本人だけみたいです・・・。
 目の前で本気で落ち込んでいる平次がなんだか可愛く見えて、私は、「しゃあないから慰めたるわ」と言ってお皿やグラスを用意すると、「可愛そうにねぇ。彼女のためにこんなにごちそう用意したのにねぇ」と、ちょっとからかって言ってみました。
「うわぁ、きっつぅ。余計に落ち込むわ・・・」
 そう言って溜め息をついている平次の横顔を見つめていると、ふと、平次のそばにあった小さな包みに気付きました。
「あ、これってまさか彼女へのプレゼント?」
「あ、ちょい待て。それは・・・」
 平次が何か言う前に、私はその包みを取ると包装紙を開けてみました。中には、ピンク色のリップスティックが入っていました。
「うわぁ。平次らしくなーい。こんなん買って、なんかやらしいこと考えてたんやろ」
「アホ。そんなん考えてへんわ。返せ!」
 そう言ってリップスティックを私の手から取ろうとする平次を交わすと、私は鏡の前でそれを自分の唇に塗ってみました。
「もう塗っちゃったもんねー。これ私もらったで」
「あ、お前なぁ!!」
 怒っている平次に「メリークリスマス」と囁くと、私は平次の頬にピンク色に輝くキスマークを付けました。
「それ、“来年のクリスマスも予約済み”っちゅう印やから」
 ぽかんと口を開けて立ちつくす平次をしり目に、彼の買ってきたシャンパンを鼻歌を歌いながらグラスに注ぐ、私なのでした。 ~夢一夜~

「すまんな。もう、行かなあかんのや」
「待って!!行かんといて。お願いや」
 和葉の叫び声がこだまする。
「私、まだ平次に言いたいこと、いっぱいあんねん」
 暗闇の中、平次は和葉からどんどん遠ざかっていく。和葉は、追いかけようと走りだした。
 その瞬間、和葉の目の前にたくさんの植物の根のようなものが生えてきた。それはみるみるうちに伸びて、和葉と平次の間に格子を作る。
 格子の隙間から何か言おうとしている和葉に、平次はふっと笑いかけた。そして、目の前に立ちはだかった大きな木の枝に包まれ、平次は消えていった。
 和葉は、根を掴みながら、必死で平次に向かって叫んだ。
「平次!待って。行ったらあかんよ。平次!!」

 和葉は、叫び声と共にベッドから飛び起きた。
「夢・・・」
 心臓の鼓動が鳴り響いて止まない。なんだか胸騒ぎがする。

 深夜三時。
 平次は、眠れない夜を過ごしていた。
「あぁ、もう!あかん。全然寝られへんわ。何でや、まったく」
 愚痴をこぼしながら、キッチンへと向かう。何か無いかと、冷蔵庫に手を伸ばした。
 その時、
〝ピンポ~ン〟
 玄関のチャイムが鳴った。
「誰やこんな時間に。めっちゃ非常識やで」
 そう言いながら、渋々玄関の扉を開ける。
「和葉!?」
 そこには、パジャマ姿に、ジャケットを羽織っただけの和葉の姿があった。
「おまえ、なんや、こんな時間に・・・」
 言いかけた平次の胸に、和葉が飛び込んでくる。
「なっ・・・!!」
「・・・良かったぁ。平次、おったんや。・・・ほんま、良かったぁ・・・」
 か細い声でそう言いながら、和葉は平次の胸で泣きじゃくった。
 平次のひきつっていた表情が、ふいに和やかになる。
「なんやよう分からんけど、とりあえず中入れや」
 平次は、和葉の頭を撫でながらそう言った。

 平次は和葉をキッチンのテーブルに座らせると、大きなマグカップにホットミルクを作った。
「ありがと・・・」
 そう言って和葉は、ミルクを一口飲んだ。あまり熱くはなかった。和葉はそのまま、カップの中のミルクを一気に飲むと、ほっとため息をついた。
「少しは落ち着いたか?」
「うん。ごめんな。突然」
 和葉は、空になったマグカップを両手でしっかり握ったまま答えた。
「・・・何があったんや」
 平次が和葉の顔をのぞき込む。まだ、目が少し潤んでいる。
「何でもない」
「せやかて、おまえ・・・」
 戸惑う平次に、和葉はふっと笑いかけた。
「大丈夫や。なんや平次の顔見たら、何もかも忘れてしもたわ」
 和葉は自分でも不思議に思っていた。平次の顔を見ただけで、さっきここに来るまでの不安は何もなくなっていた。
 目の前に平次がいるだけで、心から安心できる。
「しゃあない奴やなぁ。まあ、ええわ。幼なじみやしな。何でも相談にのったるから」
 幼なじみ・・・。いつもは聞きたくないその言葉・・・自分はただの幼なじみに過ぎないんだ、と思わせるその言葉も、なんだか心地よく聞こえた。
「そういえば・・・、おばちゃんとおっちゃん、さっきのチャイムで起きてしまわへんかったかなぁ」
 今更ながら、ふと気付いて和葉が尋ねる。
「何言うてんねん。親父はおまえの親父と捜査中で戻ってきてへんし、おかんはおかんで、温泉旅行行く言うて、朝早う近所のおばはんたちと出てったで。おまえんとこのおばはんもそうや無いのか?」
 そうやった。私んとこもひとりで留守番やったわ。
 あれ・・・?てことは・・・。
「今、この家私と平次とふたりきりっちゅうこと?」
「そやけど?」
 平次は、涼しい顔で、テーブルにあったビスケットをかじっている。
 まったく、この男、ほんまに何とも思わんのかいな。
 和葉は、悲しいのを通り越して少し呆れていた。
  

~夢二夜~

 和葉は、平次のバイクの後ろに乗って、夜が明け始めた頃の薄暗い道を走っていた。
「なあ、平次ぃ、どこ行くのん?」
「まあ、ええからええから」
 平次はまっすぐ前を見つめたまま答えた。そしてそのまま、バイクはどんどん進んでいき、夜が明けてしまった頃、やっと目的の場所に着いた。
「海や!綺麗・・・」
 平次と和葉は、泳ぐにはまだ早い、少し肌寒い朝の海にやってきた。小高い砂の丘を、一気に駆け下りる。
「すっごーいっ!なんや、海なんて見慣れてるけど、誰もおらん朝の海って、なんか違う感じやね。なんか神秘的っ!」
「せやろせやろ、俺も気に入っとるんや」
 なんや平次って結構ロマンチストなんや。
 そんなことを考えながら、和葉ははしゃぎ回る。
 その背中をほほえましく見つめながら、平次は和葉に向かって叫んだ。
「なんやえらい元気やないか。ほんま、やっぱおまえは笑顔の方がええなあ」
 その言葉に、和葉が振り返る。
 もしかして、私のために?私が落ち込んどったから?
 和葉はゆっくりと平次に近づく。そして、ある決心をする。
「平次、あのな・・・、私、ずっと前から・・・」
その言葉を制すように、平次は和葉の肩に手を乗せる。
「言わんでええから。その続きは」
 平次の顔が近づいてくる。和葉は、そっと目を閉じた。

 和葉は、はっと目を覚ました。
「なんやまた夢かいな」
 ふと見ると、目の前に平次の顔が・・・。
「うわっ、びっくりしたぁ」
 和葉は思わず飛び起きる。その声に、平次が目を覚ます。
「ん・・・?・・・なんや・・・」
 どうやらふたりとも、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。もう、夜は明けていた。
「もうちょっとやったのになぁ・・・」
 和葉は知らず知らずのうちに、声に出してつぶやく。
「は?何がや」
「え・・・?ううん、何でもないんや」
 和葉は焦って弁解する。でも・・・。
 正夢にならんかなぁ・・・、なんて。
「なあ、今日日曜やし、どっか行くか?」
「・・・え?」
 突然の平次の誘いに、和葉は自分の聞き間違いかと思い、思わず聞き返す。
「せやからぁ、一緒にどっか行こか言うたんや。まあ、嫌ならええけど・・・」
「ううん、行く!行きたい!」
 あまりの和葉の喜びように、今度は平次の方が戸惑ってしまう。
「ま、まあ、とりあえず和葉ん家行って着替えなあかんな」
 そう言えば・・・。
 和葉はまだ自分がパジャマ姿のままだったことに気付く。
「ねえ、どこ行くの?」
「そうやなぁ・・・」
 そのとき、
〝ジリリリリ〟
 電話のベルが聞こえてきた。


~夢三夜~

「ちょっと待っとってや」
 そう言って平次は、廊下にある電話の方へ駆けていった。
 なんか、嫌な予感・・・。
 そして、和葉の予感は見事に的中してしまった。
「すまん!事件捜査の依頼が入ってしもてん。悪いけど、約束はまた今度ってことで・・・」
 そんなことやろうと思った。
 でも、事件捜査に関しては何よりも張り切る平次のことだし、断らせるわけにも行かない。

 平次は、和葉を家まで送った。
「すまんな。もう、行かなあかんのや」
 ふと、平次の言葉が、夜中に見た夢と重なった。
 和葉はいつの間にか、平次のTシャツの裾を掴んでいた。
「待って、行かんといて」
 その言葉に、平次は困惑する。
「そんな顔すんなや。約束破ったのは、今度絶対埋め合わせするから」
 和葉が平次を止めるのは、約束を破られたからではないのだが。
 和葉は仕方なく掴んでいた手を離した。そして、自分の持っていたお守りを差し出す。
「これ・・・、持ってってや」
「え?お守り?そやけど俺、おまえにもらったやつ持ってんで」
「いいから!」
 和葉は半ば無理矢理、お守りを平次の手のひらにねじ込んだ。
「分かった。なんやよう分からんけど、持ってくわ」
 平次は和葉にもらったお守りを首に掛けると、バイクに乗って走りだした。
 和葉は、平次の後ろ姿を、見えなくなってしまうまでずっと見送っていた。

「・・・以上のことから考えても、犯人はあんたしかおらんのや。堪忍せい!証拠も挙がっとるんやで」
 平次は、依頼のあった家で、刑事たちに囲まれながら、いつものように完璧な推理を展開していた。これで、事件は全て解決!の筈だった。だが・・・、
「うるさい!黙れ、おまえに何が分かる!おまえなんかに俺の苦しみが分かってたまるか!」
 そう言って、事件の犯人は、隠し持っていた拳銃を平次に向かってまっすぐに突き出した。
「やめや。警察だって囲んでるんやで。おとなしく罪を償えや」
「うるさい!」
 そのとき、家中に、そしてこの家の近所中に、銃声がこだました。

 和葉は、少し遅い朝食の準備をしていたが、ふいに持っていた皿を落としてしまう。
 平次と別れてからずっと、胸騒ぎがしている。
 和葉は玄関にあったサンダルを履くと、平次が言っていた事件現場に向かって駆け出した。


~夢四夜~

 和葉が事件のあった家にやってくると、そこはパトカーと、警察と、野次馬で溢れていた。その中に、一台の救急車の姿が見える。
 和葉は、側にいた野次馬の腕を掴むと、言った。
「なんか、なんかあったんですか?」
「俺もよう分からんのやけど、急に銃声が聞こえてきてな。他の人の話やと、高校生の探偵がひとり、撃たれたとかどうとか・・・」
「平次・・・!」
 和葉の脳裏に、平次の姿が浮かぶ。
 私が、あん時手ぇ離さんかったら・・・。
 和葉は、掴んでいた野次馬の腕を力無く離した。
 なんで・・・?なんであんな嫌な夢が正夢になんの?
「平次ぃ!」
 和葉は叫びながら、野次馬を押し分けて中へ入ろうとした。その時、
「俺がどうかしたんか?」
 後ろから、聞き慣れた声が聞こえる。和葉は振り返った。
「へ・・・、平次!」
 そこにいたのは、紛れもない平次であった。
「なんやおまえこんなとこで」
 平次は不思議な顔をしている。
「なんで・・?撃たれたんちゃうの?」
「撃たれた?ああ、もしかして、これのことか?」
 そう言って、平次は右腕を和葉に差し出した。二の腕に、小さな絆創膏が貼られていた。
「・・・へ?」
「いやぁ、撃たれそうになったんは確かなんやけどな、犯人が拳銃ぶっ放す瞬間に、側におった警官が犯人取り押さえてな。弾が反れてこんだけの怪我で済んだっちゅうわけや」
 和葉はほっとした。と同時に、目から溢れ出そうになっている涙をぐっとこらえた。
 そんな和葉に気付いているのかいないのか、平次は冗談混じりに言う。
「せやけど俺、お守り二つも持っとったのに怪我するなんて、やっぱこのお守り全然効かんのとちゃうか?」
「アホ。そのお守りがあったから、絆創膏ひとつで済んだんや」
 平次をけなしている和葉の目から、とうとうこらえきれずに涙がこぼれ落ちた。
 平次は自分がきついことを言ったからかと、あわてて訂正する。
「あっ、・・・そ、そやけどやっぱ、このお守りのおかげやな。うん、せやから、お、おい、泣くなやっ・・・」
 自分の前でどぎまぎしている平次を見て、和葉はなんだかうれしくなってくる。
 目から溢れてきた涙を拭うと、和葉は平次にとびっきりの笑顔で言った。
「アホやな平次は」
 そう言った和葉の頬に、平次の唇が小さく触れる。
「・・・え?」
 和葉は、みるみるうちに耳まで真っ赤になっていく。
「ほんま、おおきに。ほんなら、約束通りどこでも連れてったるで」
 平次の顔が、いつもよりも数倍かっこよく見えた。
 ちょっとは、正夢になったかな・・・。


~夢五夜~

 小鳥のさえずる声に、和葉は目を覚ました。
「あれ?」
 そこは、和葉の部屋だった。和葉はベッドから起きあがると、テレビのスイッチをつける。
 日曜日・・・。
「え・・・、ちゅうことはもしかして、今までの全部・・・」
 夢!?
「な、なんやのー」
 和葉は思わず叫んだ。

 朝御飯を食べ終わった頃、玄関のチャイムが鳴った。
「はーい。誰?」
 玄関の扉を開ける。するとそこには・・・、
「平次!」
「よお。せっかくの暇な日曜やし、たまには和葉誘ったろうかと思てな。一緒にどっか行かへんか?」
「行く!ほんまに!?ちょっと待っとって。すぐ用意する!」
 そう言ってから、和葉は少し考える。
 待てや、平次が私のこと誘うなんておかしいんとちゃうか?このパターンは、もしかして、もしかすると・・・。
 和葉は、自分の頬をつねってみる。痛い・・・。
「何やってんねん、おまえ」
「ううん、何でもない。ちょっと待てや」
 和葉は大急ぎで鞄を取ってくると、平次のバイクの後ろに飛び乗った。
「変なやつ・・・」
「なんか言うた!?」
「え。いや、何でも」
 平次と和葉の乗ったバイクは、暖かい太陽の光に包まれながら、地平線の向こうへと消えていった。


強がりを言っても 好きだと素直に言えなくても
何も語らず 優しくキスを・・・ 心の奥にいてくれる
このまま こうしていられるかな?
幸福せ過ぎると不安になる

とびきり素敵な あなたの笑顔に映る 二人の未来 輝いてる
ずっと傍にいて 世界中に誓える
動き出した この気持ちは もう止められない 愛してる

永遠に続くこの道を歩こう 悲しみさえ 無限の力にして
たくさんの夢を追いかけるあなたと
同じ景色 描けるように 分かち合えるように いつまでも・・・


小松未歩「未来」(小松未歩「2nd ~未来~」 Amemura O-town Record inc.)
 クリスマスイブともなると、街はイルミネーションと訳のわからないクリスマスセールとですっかり賑わっている。
 クリスマスとは縁のない買い物を済ませ、行き交う人々の間をすり抜けて家に帰ると、“彼”は私を見るなり『遅いっ』と文句を言った。
「仕方ないでしょ。混んでたんだから」
 そう言って、買い物袋のひとつから“彼”のお気に入りのアーティストのCDを取り出し、“彼”の隣にあるコンポでかけてやると、“彼”は耳を傾けるように体を預ける。私は、“彼”のその赤い葉に、そっとキスをしてやった。

 私の恋人の名前は、洋一という。
 洋一は、ウィンドーショッピングが好きだ。
 洋一の好みはよくわからないのだけれど、ちょっとした小物から、名前を聞いたこともない画家の絵、家具類まで、インテリアになるようなものを、時々ひらめいたように「これだ!」と言って買ってくる。
 その中で、私のお気に入りは、ブルーの小さな本棚だ。
 私に電話がかかってきたのは、12月になったばかりの寒い日だった。
 洋一が、交通事故に遭ったという電話だった。
 そういうときって不思議なもので、私は、洋一の心配よりなにより、せっかく夕飯にハンバーグ作ったのに、とか、そんなことをまずぼんやりと考える。
 倒れた洋一と、車から降りてくる人、それに、群がってくる野次馬の中で、洋一が買ってきたらしい“彼”だけが、赤い葉を風に揺らしながら、そっと佇んでいた。

 一通り曲を聴き終えると、ブルーの本棚の上の“彼”は、『まあまあだな』と呟いた。
 本当は「すごく気に入った」と言っているのだということを、私はちゃんと知っている。
 買ってきた材料で簡単な夕飯を作って私が食べている間、“彼”はひっきりなしに、『ここの歌詞はあまりよくないよな』とか、『なんでこんなところでギターが入るかなぁ』とか、文句を言っていた。
 私は「そうだね」と軽く笑って、“彼”を見つめる。
 洋一は今、病院のベッドの上だ。
 あれから20日あまり。ずっと意識はない。
 洋一がいないこの生活の中で私がこうして笑って暮らしていられるのは、きっと“彼”のおかげなんだろう。“彼”は大切な友達だ。
 夕飯を食べ終わると、私は文句ばかり言っている“彼”の赤い葉に、またキスをしてやった。
『おとぎ話なら、魔法が解けて王子様は元の姿に戻れるんだけどな』
 “彼”はそう言って、赤い葉を揺らした。

 翌日、クリスマス。
 私は、“彼”を抱えて病院へ行った。
 鉢植えは“根付く”っていうからお見舞いには良くないと、看護婦さんが忠告してくれたけれど、“彼”は友達なのだ。洋一も、“彼”が来たらきっと喜ぶに違いない。
 病室に着くと、相変わらず洋一は、ベッドの上で眠っていた。
「今日はクリスマスですよぉ?」
 そう洋一に呼びかけて、私は“彼”を抱えたまま椅子に座ると、洋一をじっと見つめる。
 こういうときも、やっぱり不思議なもので、私は洋一の心配よりも、寝顔が可愛いなぁ、とかをぼんやりと考える。
 しばらく、そんな風に洋一をじっと見つめていたけれど、なんだか急に寂しくなって、私は思わず、洋一の寝顔にキスをした。
 洋一は、相変わらず、少しも動くことなく、眠っていた。
「やっぱり、魔法は解けないね」
 私はそう言って、“彼”に笑いかけた。自分でも、無理に笑っているのがわかった。
 そう言えば、“彼”に寂しそうな顔を見せるのは初めてだ、なんてことを、頭の隅でぼんやりと考える。
 「そろそろ帰らないと」と呟いて、立ちあがろうとしたとき、『ちょっと待って』と“彼”が突然私に声をかけた。
 私は、抱えている“彼”を見下ろす。しばらくの沈黙の後、“彼”は言った。
『俺のこと、壊してくれないかな』
 私はその言葉の意味がまったく飲み込めず、首を傾げる。
『この鉢ごと、割って欲しいんだ。そうすれば、コイツは目を覚ます』
 “彼”はゆっくりとそう言った。私は、“彼”に合わせるようにゆっくりと、「どういうこと?」と問い掛ける。
『あの日、フラワーショップに、コイツはたまたま通りかかって、俺のことを見つけた』
 思い出すように体を揺らしながら、“彼”は話し始めた。
『一目で気に入ったらしく、嬉しそうに俺のことを買うと、大事そうに俺を抱えて、コイツは急いで家に向かって走り出した。その途中で、事故に遭った』
 私は、“彼”の言葉を聞きながら、嬉しそうに走ってくる洋一を想像して、“彼”を抱える腕に力がこもる。
『そのとき、コイツが、俺の中に入ってきたんだ』
 “彼”は、ゆっくりとした口調をさらにゆっくりにしてそう言った。
『今のコイツの体は抜け殻なんだ。コイツは、俺の中から出たがってるよ。俺のこと壊せば、コイツは俺の中から抜け出して、目を覚ます。だから』
 そこまで言うと、“彼”は、
『今まで黙っててゴメン。ありがとう。楽しかった』
と、永遠のお別れのように優しく言った。
 私は、必死で首を振る。
「そんなこと、私、できないよ。だって、あなたは」
 私は、“彼”をぎゅっと抱きしめる。
「あなたは、大切な友達だから」
『フラワーショップから帰るとき、ね』
 私の言葉を遮るように、“彼”は言った。
『コイツ、ずっと、君の名前を呼んでたんだ』
 ひとつひとつ、言葉を区切りながら、“彼”は思い出すように呟く。
『俺を抱えて、嬉しそうに。そのときから、きっと、わかってたんだ。コイツには、君しかいないし、君には、コイツしかいなかったんだ』
 そう言って赤い葉を揺らす“彼”は、なんだか、優しく微笑んでいるように見えた。

 “彼”がいなくなったら、“彼”の好きなCDは、一体誰が聴くんだろう。
 そんなことをぼんやりと考えながら、私は“彼”の赤い葉に、最後のキスをしてやった。


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まとめ